とっておきの話

憧れの地、イタパリカ島【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

私の旅は、行き先も滞在中の訪問場所も、そのときの流れや突発的な偶然で決まることがほとんどですが、ごく稀に、自分の好きな映画の撮影地が旅の目的地となる場合もあります。

 
なかでもブラジル北東部にある都市サルバドール近郊の小さな島、イタパリカは学生時代から私にとって憧れの地でした。ここは1976年のブラジル映画『未亡人ドナ・フロールの理想的再婚生活』の舞台になっていますが、そこで展開される映像は作家ジョルジェ・アマードの原作からイメージしていた雰囲気そのもので、のどかで美しいブラジルの小さな街や景色が魅力的に映し出されています。

 
ブラジル屈指のミュージシャンであるシコ・ブアルキが手掛けたリズミカルかつやるせないテーマ曲がまたこの島の魅力を際立たせていて、私にとってどこよりも行ってみたい場所になりました。

 
20年ほど前、その念願を叶えるために初めてこの島を訪ねたときは、映画のなかで主人公が歩いた海岸や広場など、撮影に使われた場所をかたっぱしから散策しました。イタパリカ島へは多くのブラジルの文化人も安息を求めて訪れているとは聞いていましたが、確かに人影のまばらな中心街を見ても、通りをゆく人々を見ても、ブラジル本土とは違う、優美で静かな時間が流れていました。

 
途中道に迷って行き着いた波止場では、真っ青な空を背景に、ブラジルで愛されているイペーの木が大きく伸ばした枝いっぱいに鮮やかなピンク色の花をつけていて、その木陰には数人の褐色の肌をした少年たちが、太陽の光を受けてきらきらと光る海に飛び込んで遊んでいる姿がありました。

 
目も覚めるような色彩と生命力溢れる子どもたちの姿に心奪われ、しばらくその場に立ち尽くしましたが、あれはまさに、実際そこまで足を運ばなければ目の当たりにできなかった、イタパリカ島からの美しい贈り物だったと思っています。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』など。

 

(SKYWARD2020年11月号掲載)
※記載の情報は2020年11月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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