とっておきの話

素晴らしき北投温泉【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

北投温泉は台北市中心部からタクシーでわずか30分足らず。台湾を訪れる直前にガイドブックを開くまで私は全くこの温泉地のことを知らなかったのですが、実際訪れてみたところ、あまりの泉質のよさに思わず唸り声が出続けてしまいました。アクセスのよさを踏まえても、最初から台北での滞在期間のすべてを市街のホテルではなく、北投温泉にしておけばよかったとしみじみ悔やまれたほどです。

 
今から20年以上前、テレビの温泉リポーターとして日本国内のさまざまな温泉地を訪ね歩き、あらゆる泉質のお湯に浸かってきた私ですが、ここに湧くラジウムを含んだ3種類の硫黄泉はどれも肌への馴染みもよいし、効能の具体性が感じられ、特徴的な泉質好きな私にとってはどこの施設のお湯もトップレベルのクオリティー。もともと19世紀後半にドイツの硫黄商人がこの場所を“発見”した後、大阪の商人が初の温泉旅館を開業。

 
かつては皇太子時代の昭和天皇も訪れるなど日本との関わりも深い場所ですが、エリア内には源泉が湧いている公園や歴史的建造物、日帰り入浴用の温泉施設もあって、見所・浸かり所は満載。半日観光で訪れても十分楽しめるでしょう。

 
私も早速温泉に入ってみましたが、あらかじめ体を洗ってから浴槽に近づくと、既にそこで気持ちよさそうに入浴していたおばあさんが、私を見るなり何か強い口調で喋りかけてきました。言葉がわからないので戸惑っていると、隣で足を丁寧に洗っている婦人を指差しています。見様見真似で私も同じように足を洗うと、おばあさんはにっこり笑って頷き、手で「こちらへ」と合図をしてくれました。

 
温泉地が変われば入浴の手順も変わります。でも言葉がわからなくても、温泉の心地のよさは無条件で共有できるもの。私とおばあさんはその後ただ黙って笑顔を交わしあいながら、温泉を満喫したのでありました。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。

 

(SKYWARD2021年4月号掲載)
※記載の情報は2021年4月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

『ヤマザキマリの世界逍遥録』が待望の単行本化!

 
JALグループ機内誌『SKYWARD』に大好評連載中の「ヤマザキマリの世界逍遥録」より、2018年5月号~2020年10月号に掲載された30編を収録。ヨーロッパ、中東、アジア、アメリカ、南米……世界を旅するヤマザキさんならではの、独自の視点で捉えた各地の魅力をイラストとともに綴っています。さらに特別編として、JALカード会員誌『AGORA』2019年7月号、8・9月号に掲載の、タイ・チェンマイ~チェンセーン~チェンライ周辺を巡った「タイ北部紀行」前後編も併せて収録。

 

定価:1,430円(税込)
発行日:2021年3月31日
サイズ:四六判(天地:188mm/左右:128mm)
総ページ数:176ページ

 
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