ヴェネツィアからトリエステへ向かう途中に、アクイレイアという町があります。現在は比較的小さな町ですが、古代ローマ時代には10万人もの人々が暮らす、「第二のローマ」とも称されていた大都市でした。
ヴェネト州の生まれである夫にとって一番身近かつ何度も訪れたことのある思い出深いローマ遺跡といえば、このアクイレイアだったそうで、そんなことから私も息子も何度となくここを訪れています。
現在、観光客が見ることができるのは発掘されているごく一部の遺跡のみであり、土の中には豊かだった時代のさまざまな軌跡が今も埋もれているわけですが、一番の見所といえば紀元4世紀に建てられた大聖堂でしょう。建物の中に入ると、床一面に展開される壮大なモザイクに誰しも圧倒されること間違いなし。
私も夫も中東から欧州に至るまでさまざまな古代ローマ時代のモザイクを見てきましたが、これほどのスケールのものはなかなか存在しません。まさに西ローマ帝国最大といわれるだけの規模です。
モチーフが旧約聖書のヨナの物語なのは、このモザイクが作られたのが皇帝コンスタンティヌスによってキリスト教が公認された直後だからですが、何より目を引くモチーフは地中海に生息しているあらゆる種類の海洋生物たちでしょう。スズキや鯛など見ただけで名前がわかる、お馴染みの魚もいれば得体の知れない生物もあり、とにかく何時間見ていても飽きることがありません。
所々に丸い背に五つの目のようなものが描かれた未確認生物が気に掛かり、あれは何かと地元の人に聞いてもわからないと言うので、自分で調べてみた結果、電気エイであることが判明。大聖堂の床はまさにモザイクによる海洋生物図鑑なのです。
アクイレイアは、イタリアと同じく海と共生するわれわれ日本人にとって、特別な馴染み深さを感じさせられる唯一無二の遺跡なのです。
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。
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