水の都ヴェネツィアから車で約30分に位置するヴェネト州の古都パドヴァ。この都市の特徴は、1222年創立とイタリアで2番目に古く、現在6万人の学生数を誇るパドヴァ大学を軸とした、どこか厳かでアカデミックな空気感かもしれません。
実際、この街の住人の多くはパドヴァ大学の学生および関係者といわれています。イタリア南部などを旅して出会う現地の人にパドヴァに暮らしていると話すと、「あんな真面目な街に住んでいるのか!」と言われることもありますが、国内ではどうやらそんなイメージの都市のようです。
ルネサンスの時代には、内乱でフィレンツェを追われた貴族や富豪がこの都市に暮らしていましたし、さらに遡れば、パドヴァは古代ローマ時代には北部の都市と南部をつなぐ拠点として経済的にも栄え、その遺構は今でも市内に残っています。パドヴァから少し足を延ばせば古代から利用されていた温泉地もあり、コンテンツとしてはなかなか私好みが集約された街でもあるのでした。
世界を転々と暮らし歩いた私と夫が、10年前からこの街に居を構えた理由は、そうした街の性質もさることながら、もともとパドヴァ近郊出身でパドヴァ大学の卒業生である夫にとって、気兼ねのいらない住み心地のよさがあったからなのでしょう。
現在暮らしている家も築500年の古い建造物ですが、家のそばにある中世の古い城砦の塔は天文観測所としても使われていて、かつてパドヴァ大学で天文学の教鞭をとっていたガリレオ・ガリレイもこの塔で天体観測をしていたそうです。
この塔と城砦をなしていた古い壁に沿って流れる川の畔(ほとり)を散策するのがパドヴァ滞在時の私の日課でしたが、ここに描いた絵のような光景とはもう2年以上もご無沙汰になっています。今年こそはこの塔を、夫から送られてくる写真ではなく、自分の目で再び仰ぎたいものです。
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。
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