とっておきの話

遺跡巡りとローマの焼き栗【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

古代遺跡を訪ねるのに最も理想的な季節はいつでしょう。天候が移り気な春、時には北アフリカのような暑さに包まれる夏。石畳からしんしんと冷たさが染み込んでくる冬。

 
そう考えると、暑い夏が終わった直後の初秋こそベストの季節かもしれません。実際、私自身が一人で初めてローマの遺跡をじっくり散策したのも17歳の秋のことでした。

 
確かフィレンツェで美術学校が始まる10月の初頭、日本大使館での用事のついでに駅からさほど遠くもない安宿に泊まって、私は3日かけてローマの遺跡を巡り歩きました。遺跡巡りはトレッキングとまでは言いませんが、その範囲によっては相当体力を使いますから、ちょっとした運動をするような気構えが必要です。

 
特にローマの場合は見ておくべき場所が都市の中に点在しているうえ、「フォロ・ロマーノ」のように密度の濃い遺跡もありますから、駆け足ではとても時代の軌跡を体感したような心地には浸れません。

 
その時は、できるだけ交通機関を使わず、行き当たりばったりの旧跡も含め、足が棒になるのを覚悟でめぼしい遺跡を訪ねて回りました。あまりに懸命に歩き過ぎたせいで、お昼ご飯を食べることすら忘れてしまうほどでしたが、ふと見ると遺跡の入り口の傍らで香ばしい匂いを辺りに放出させている栗売りのおじさんが目に留まりました。

 
思わず駆け寄って一人分を頼むと、おじさんは手元にあった黄色い藁半紙(わらばんし)のような紙をくるりとコーン状に丸め、そこに栗を入れて手渡してくれました。入れ物も栗の入れ方も随分いい加減ではありましたが、煎(い)りたてで熱々ホクホクの栗の味は甘く優しく、腹ペコだった私は次から次へと皮をむしっては口に放り込みながら遺跡を堪能しました。

 
あれ以来、どの季節にフォロ・ロマーノを訪れても、自然とあの香ばしい焼き栗の味を思い浮かべてしまうのでした。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。

 

(SKYWARD2021年10月号掲載)
※記載の情報は2021年10月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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