2010年4月、アイスランドの火山噴火の影響でヨーロッパ各国の領空が封鎖となり、飛行機での移動がしばらくできなくなってしまったことがありましたが、その時、復活祭の休みで日本に滞在していた私と息子も、当時暮らしていたリスボンへ帰れなくなってしまいました。
息子の学校は普通に授業が始まっていましたが、ヨーロッパ行きの飛行機は待てど暮らせど毎日欠航。何か手段はないかと調べてみると、香港、カタール、リビア、モロッコのカサブランカという経路であればポルトガルに到達できるルートを発見。さっそく航空券の手配をしようとしていたところ、その様子を見ていた母が自分も一緒について行くと言い出しました。
若い頃に映画『カサブランカ』を見て以来、いつか行ってみたいと思っていたというので、母の分のチケットも調達。幾つもの空港を経由しつつカサブランカへ到着し、リスボンまでのトランジット滞在を1日増やして、母の憧れの街の散策に繰り出しました。
最初は「映画で見たのとえらい様子が違うわね」と、ビルの立ち並ぶ光景を見て意外そうな表情の母でしたが、旧市街の市場オールド・メディナへ連れていくと「そうよ、ここよ!」と大興奮。市場をいろいろ物色しつつ歩いていると、母が突然靴が欲しいと言い出しました。通りで見かけた男性が、先の尖ったスリッパのような靴を履いているのを見て、それと同じのが欲しいというのです。
確かに言われて見れば、周りには母の説明と同じ仕様の靴を履いている人がたくさんいます。早速バブーシュと呼ばれるそのモロッコ伝統のスリッパ屋さんを見つけた母は、嬉々として赤い生地に細かい刺繍のほどこされた一足を選びました。カサブランカの滞在はあっという間でしたが、憧れの街で素敵な買い物ができた母は「来てよかった!」と大満足の様子でした。
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。
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