とっておきの話

つらい、面白い、やめられない!『幻獣ムベンベを追え』

【光浦靖子さんの旅する推薦図書】

文/光浦靖子 撮影/安永ケンタウロス

今回ご紹介する旅? の1冊は辺境作家、高野秀行さんが在学中に書かれた『幻獣ムベンベを追え』です。コンゴの奥地、テレ湖に生息するといわれる謎の生物「モケーレ・ムベンベ」。早稲田大学探検部の11人が行った78日間に及ぶ過酷なムベンベ調査のお話です。

 
当時、80年代の後半、インターネットのない時代です。しかもコンゴとは国交がなく、民間でもほぼ交流はありません。そこへ向かうんです。フランス語を勉強し、リンガラ語を勉強し、政府に手紙を書き……。テレ湖を治めるボア村は、科学より伝統を重んじ、そしてポーターたちは物をちょろまかす。

 
ジャングルの過酷さは青天井です。湿地。ズブズブの足場に組まれたキャンプで、「よし、40日間調査だ!!」て。やはり虫が集まってきます。ゴミ、ハエ、ウジ。刺されて腫れ、膿、流血。

 
食事はマニオック(現地の主食の芋)か米に、ガイドが捕ってきた魚、トカゲ、蛇、カワウソ、猿、ゴリラ……捌(さば)くところも見ます。腹もよくくだします。

 
マラリヤに罹(かか)ってしまう部員もいます。裸にされ袋を被され、その中で湯を回せー、という民間療法を受けるもかいなし。高熱が続き、生死を彷徨(さまよ)います。

 
ポーターにちょろまかされていたため、途中で食料が足りなくなり、飢餓状態に。

 
つらい。つらすぎる。ジャングル、虫、病気、飢え、ときたら次に人間の醜さが現れてくるものですが、ここにはありません。高野さんだけなのか、冒険家たちが皆そうなのか、細かいことはスルー。サラリ、サラリと書かれています。だからこそつらいことも、そこはかとなく面白い、笑えるんです。知らないことを知ることが至上の喜び、こんな価値観の彼らに憧れます。小さな自分が嫌になる。そんなふうになりたい。でも、絶対一緒に行きたくない。

 

『幻獣ムベンベを追え』
高野秀行 著
集英社文庫

 
光浦靖子
みつうら やすこ/1971年、愛知県生まれ。プロダクション人力舎所属。幼馴染みの大久保佳代子と結成したオアシズでデビュー。バラエティー番組、ラジオなどに出演するほか、舞台やコラム執筆など多岐にわたり活動。主な著書に『ハタからみると、凪日記』(毎日新聞出版)、『靖子の夢』(スイッチ・パブリッシング)など。

 

(SKYWARD2020年8月号掲載)
※記載の情報は2020年8月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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