とっておきの話

ポルトガル・リスボンのイワシ祭り【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

リスボンに暮らしていた頃、毎年楽しみにしていた行事の一つが6月12・13日に開催される聖アントニオ祭ですが、またの名を「イワシ祭り」といいます。この日はポルトガルにおいてイワシ漁が解禁となる日でもあり、国中の人々が待ってましたとばかりにイワシに食らい付くのです。ポルトガル人は普段もさまざまな魚介を好んで食べますが、そんななかでもイワシが大好きで、ポルトガルにおけるこの魚の消費量はもしかすると昨今の日本よりもずっと多いかもしれません。

 
リスボンでは街中のさまざまな地区に設えられた祭事スペースで2日間にわたってこの聖アントニオ祭が行われますが、一番有名なのは味わい深い下町・アルファマ地区のものでしょう。屋外に用意されたいくつもの巨大グリルで、次から次へと焼かれるイワシの上にたっぷりのオリーブオイルとレモン汁を掛け、それをこんがり焼いたパンにのせて齧り付くのが定番のスタイル。パンとイワシの相性は日本の人には想像しにくいかもしれませんが、相当いけます。そんなイワシに合う飲み物といえばビールか、地元流なら赤ワイン。お酒が飲めない人にはコーラ。会場に並べられたテーブルには大人数の家族からカップルまでさまざまな人たちが肩を並べ、皆、口の周りをイワシの脂でベトベトにしながらお喋りに余念がありません。頭上には色とりどりの飾りが取り付けられ、生バンドが奏でるゆるい歌謡曲にあわせてペアになって踊る老若男女をぼんやり眺めていると、日本の盆踊りが頭のなかで重なります。 

 
そして、そんな賑やかな雰囲気のなかでカップルたちは、タイミングを見計らって愛の言葉を告げ合います。イワシを食べることばかりに気を取られて、このお祭りで最も大事な行為を怠ってはいけません。そう、実は聖アントニオは愛の守護聖人であり、イワシ祭りは年に一度の“愛のお祭り”でもあるのでした。

 
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。

 

(SKYWARD2018年6月号掲載)
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