とっておきの話

中国・成都でパンダを抱く【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

3年前の夏、青蔵鉄道という世界一標高の高い場所を走る列車に乗ってチベットの拉薩へ向かうため、私は始発駅である四川省の成都を訪れ、出発までの時間この街を観光することにしました。

ガイドの女性が最初に私を案内してくれたのが「成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地」。パンダといえば、46年前上野動物園にカンカンとランランがやってきた時、母に見物に連れていかれましたが、人混みに耐えてやっと出合えた2頭は昼寝中で微動だにせず、がっかりしたものでした。基地の敷地内で、気温も高かったからでしょう、だらりとやる気なく寝そべるパンダを見ながらガイドさんにそんな話をすると、寄付をすればパンダを抱っこできますがどうですか、という提案。パンダを抱っこできる経験なんてそうあることではありませんから、私は意気込みました。

 
青い保護服を着て待機する私のところへ、飼育員が想像よりも大きな仔パンダを運んできました。仔パンダはスイカを食べている最中で、胸もとの毛が真っ赤な汁でベトベトに汚れています。私はその薄汚れた仔パンダをそっと抱くと、不意に大きな丸い頭の臭いを嗅いでみたくなりました。想像を絶する動物臭に思わず咽せ込む私を、飼育員が怪訝な表情で見ています。パンダの頭の臭いを嗅ぐなんて変な客だと思ったのでしょう。外で待っていてくれたガイドさんに「パンダは野獣の臭いがした」と伝えると、少し間をおいてから「でも可愛いよ」と笑顔で返事。

 
その翌日、拉薩までの列車のコンパートメントで一緒になった内モンゴル自治区の家族に、パンダとのツーショット写真を見せたら、とてもうらやましがられました。パンダの外交力は実に大したものです。

 
成都へ行くことがあれば、ぜひ皆さんもパンダの抱っこを体験してみてください。ただし、頭の臭いは思い切り吸い込まないように。

 
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。

 

(SKYWARD2018年7月号掲載)
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