本日はJALグループのフライトをお選びいただきありがとうございます。近年、AIや自動運転技術が発達し、近い将来旅客機の操縦も無人でできるのでは? と思ったことはないでしょうか。私たちパイロットにとっては、少しドキッとする話です。今回は未来の旅客機とパイロットについて考えてみましょう。
旅客機の無人操縦を実現するには、いくつかの高いハードルがあります。その一つが、機内外の状況を認識する「センサー」です。例えば、ウェザーレーダーは空気中の水滴を感知しパイロットに雲の存在を教えてくれるものですが、実際は雪雲のように感知できない雲、なかに入っても揺れない雲や揺れる雲、近づくだけでも危険な雲などがあり、安全運航のためにはウェザーレーダーからの情報だけでは不十分なのです。
このような場合、パイロットは五感を研ぎ澄まし、目視はもちろん、他機と管制官との交信をヒントにしたり、ときには飛行機間で情報交換したり、さまざまな手段で情報を集めます。また、安全で快適な運航には、機内サービスやお客さまの状況などを認識することもとても大切です。しかし数値化することが難しいため、主にパイロットと客室乗務員とのコミュニケーションによって把握する必要があります。
次に、「意思決定能力」も高いハードルとなるでしょう。運航の現場では、雲を避けるか否か、避けるならどちらにどれだけ避けるか、機内サービスを続けるか否かなど、いくつも選択肢があるなかで正解がないということもよくあります。このような状況では、安全を最優先とすることはもちろんですが、さまざまな要素のバランスを考慮したうえでの意思決定が必要となります。
なかでも、想定外の事態が発生した際、機長は「飛行の安全を守るため、必要に応じてマニュアルや規程を超越した措置を取ることができる」とされています。『ハドソン川の奇跡』として映画化もされた事例では、機長の操縦技術はもちろんのこと、特にその意思決定が世界中から称賛されました。これは長年積み上げてきた機長の知識と経験、そして洗練された感性によるものとも言えますが、旅客機の操縦には「パイロットが究極の責任感を持ち続けることが何よりも大切」ということを雄弁に物語っているようにも感じられました。
一方、人間は錯覚やエラーを起こすということも忘れてはいけません。謙虚にしておごらず、人間とAIとが互いの弱点を補い合い、安全を追求していくことが大切なのではないでしょうか。
私がパイロットとしての第一歩を踏み出した28年前、訓練所に掲げてあった「操縦は人格なり」という言葉の奥深さを、最近あらためてかみしめています。私たちJALグループのパイロットは人格と技術を磨き、フライトを通じて世界中に安心と感動をお届けできるよう今後も精進してまいります。皆さま、どうぞ快適な空の旅をお楽しみください。
瀬川武史 Takefumi Segawa
JAL
ボーイング777型機 機長
出身地:北海道
趣味:スキー、読書
座右の銘:人間として
何が正しいかで判断する
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