とっておきの話

上高地と「モーレツ!イタリア家族」【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

長野県を訪れると、いつも思い出すのが、夫の実家があるイタリアのバッサーノ・デル・グラッパの風景です。ヨーロッパアルプス南東部の裾野に広がる平野とその向こうに連なる山々の様子が、とても似ている気がしていたのですが、数年前の夏休み、家族3人で上高地を訪れた時も、アルプスの麓で育った夫も「ここは地元にそっくりだ」と興奮していました。

 
日本近代登山の父と呼ばれるイギリス人宣教師のウォルター・ウェストンによって絶賛され、山に登るというレジャーの先駆けとなった上高地ですが、ウェストンが“日本アルプス”の名を世界に広めた心境がよくわかるとのこと。私たちが訪れた日は天気もよく、谷間を流れる梓川はエメラルド色に輝き、大正池の水面には周りの山々が鏡のように映し出され、その美しさにはため息がでるほどでした。

 
突然夫から「こんな場所があるなんて。早く教えてよ」と言われたので、漫画の締め切りに追われてそれどころじゃないと答えると、「漫画家という仕事は問題だ」と私の仕事の忙しさを厳しく指摘。休息を大事にするイタリア人にとって、昼夜問わず働く漫画家という職業は理解し難いものがあるようです。

 
イタリア語でわあわあやっていると、傍にいた息子から「あのさ、こんな美しい大自然で、つまんない会話やめてくれない?」と水を差され、さらにその直後、「ヤマザキさんですか?『モーレツ!イタリア家族』読んでいます! ご家族とご一緒の写真、撮りましょうか」と、中年のご夫婦に笑顔で声をかけられました。ご婦人曰く、「皆さん漫画と全く同じで、すぐにわかりました」とのこと。自分の素性が知られてしまった夫は焦りつつも、まんざらでもない様子でした。

 
その後イタリアへ戻った夫は、両親に大正池の前で撮ってもらった写真を見せながら、上高地で私が描いた漫画を読んでいる人に出会ったことを自慢したそうです。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。

 

(SKYWARD2026年1月号掲載)
※記載の情報は2026年1月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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