旅への扉

尾道、宇和島、上勝町──大人の学びのために、いま泊まりたい3つの宿

文・撮影/宮畑周平

▲明治末期の旅館をリノベーションした、愛媛県宇和島市の「木屋旅館」。

旅というものが、少し未来の自分に贈る学びなのであれば──
知らない土地の物語に触れるような宿を探して、尾道、宇和島、そして徳島まで足を延ばした。

 

坂の原風景に寄り添うように、新しい灯をともす

LOG

▲左/明るい外廊下を歩く。右上/入口の門。右下/左からスタッフの森下純一さん、吉田挙誠さん、小林紀子さん。

 
国道に沿って敷かれている鉄道の低いガードをくぐると、すぐに階段と急勾配の坂が迎えてくれた。石畳の坂道を100mほど上っていくと見えてくる鉄筋コンクリート造の建物は「LOG(ログ)」。古いアパートを改修し、2018年12月にオープンした宿泊施設だ。

 
尾道の斜面地はかつて豪商の別荘が立ち並んでいた。ところが、日常の買い物にも不自由する斜面地は昭和の後半に入り寂れていく。LOGの前身のアパートも建築当時はそのモダンさが人気だったというが、後年は鬱蒼と木々が茂り廃墟同然に。坂の建物群が作る文化的景観は危機に瀕していた。

 
room

▲左/ジェイン氏の書斎をイメージしたライブラリー。窓の外に尾道の町と海。特徴的な壁や天井の色は部屋ごとに異なる。右/オリジナルドリンクや日本ワインが楽しめる「カフェ&バー アトモスフィア」。

 
失われていく尾道の原風景を残していかなければ─このアパートを甦らせる計画が始まった。指揮を担ったのはインドを拠点とする建築事務所「スタジオ・ムンバイ」のビジョイ・ジェイン氏だ。

 
「ビジョイさんはこの風景をパリンプセスト(*)と呼びました。尾道は歴史の積み重ねが見える土地だと」。そう語るのはLOG支配人の吉田挙誠(たかのぶ)さんだ。実際、大正初年ごろ志賀直哉が『暗夜行路』を構想したという三軒長屋が現存するなど、坂の不便さゆえ簡単に壊されず景観が保存されている奇跡がここにある。LOGの内外装には、紙、土、木、銅、真鍮など経年変化が味わいとなっていく自然素材が使用されている。「LOGは周りの景色にだんだん馴染んでいき、10年後ぐらいに“完成”するでしょう」。吉田さんはそう目を細め、窓から外を見た。

 
*パリンプセスト=羊皮紙に書かれた文字を削って別の内容を上書きした写本のこと。元の文章が判別可能な場合があり、時に貴重な古文書が見つかる。

 
カフェ&バー

▲左上/カフェ&バーは燻んだピンク。左下/スタジオ・ムンバイがLOGのために制作した家具。右/プライベートダイニングの窓から。壁色は鮮やかな碧。

 
町並みの向こうに海が見えた。少し西に傾いた日差しのなかを、小さな船が往来していた。作家・林芙美子や映画監督・大林宣彦も愛した海と坂の風景。LOGの誕生をきっかけに、尾道の人々が連綿と作り上げてきたこの町並みの価値を再考してみたい。

 

LOG
電話:0848-24-6669
住所:広島県尾道市東土堂町11-12
広島空港から車で約40分
URL:https://l-og.jp

 

宇和島の深みにダイブするような滞在を

木屋

▲左/古きよき旅籠といった風情の外観。右/築およそ100年の味わい。磨き上げられた床板に歴史の深さを感じる。

 
愛媛県南予地方の中心都市、宇和島。江戸時代初期に仙台から転封されてきた伊達家を宗主として栄えた海沿いの城下町だ。宇和島城からほど近いところに立つ「木屋旅館」はもともと明治末期に開業した木賃宿で、1995年に廃業してしばらく空き家になっていたのを改修。2012年に一棟貸しの宿泊施設として甦った。

 
バルトロメウス・グレブさん

▲左/バルトロメウス・グレブさん。右上/古建築とアートが同居する空間。右下/旧・木屋旅館の下駄を再利用。

 
迎えてくれたのはバルトロメウス・グレブさん。1980年ポーランド生まれ、ドイツ育ち。独・フライブルク大学在学中、交換留学生として愛媛大学で1年間過ごしたのが愛媛との出合いだった。その後再訪し、奥さんと出会い、そこからずっと愛媛暮らし。木屋旅館のオープン時から施設運営を一手に引き受けている。

 
「私は街のコンシェルジュ。ゲストと対話しながら、それぞれにあわせた宇和島ならではの体験を提案します」とグレブさんは流暢な日本語で言う。夕食はあえて提供しておらず、グレブさんは積極的に地元の人が行くような店、例えば焼き鳥店や居酒屋などを紹介するそうだ。「できるだけ宇和島の本質を知ってもらいたいんです。本質とは歴史や文化であり、それを作ってきた“人”です。それには地元の人と関わるのがいちばん。ゲストには、宇和島の深いところにダイブしてほしい。僕はそのつなぎ役なのです」。そう語るグレブさんの目には迷いがない。

 
宇和島市街

▲左/海産資源の豊かな宇和海に抱かれた宇和島市街。街の中央にある緑が宇和島城。右上/道の駅で食べた「ひぶりめし」。卵を溶いた出汁をかけていただく。右下/文豪気分?が味わえる書斎。窓下は中庭。

 
木屋旅館は建築家・永山祐子氏が手がけるアーティスティックな改修で話題になった。透明なアクリル板を床板に使い1階から2階が透けて見えたり、客室では半透明な幕と色や照度が呼吸するようにゆっくりと変化するLED照明が生み出す不思議な空間体験ができたりするのも面白い。しかし僕は、グレブさんに会いにいくことだけでもここを訪れる理由になるような気がした。宿泊しない人に向けても館内のビジターツアーを行っているそうなので、宇和島に来る機会があればぜひ少し時間を作って寄ってみてほしい。

 

木屋旅館
電話:0895-22-0101
住所:愛媛県宇和島市本町追手2-8-2
松山空港から車で約1時間30分
URL:https://www.kiyaryokan.com

 

徳島の山村からゼロ・ウェイストを共に考える

宿泊棟

▲奥が宿泊棟。

 
緑深い県道16号を走っていくと、杉の美林に囲まれた見晴らしのいい場所に立つ海老茶色の建物が目に入ってくる。上勝町ゼロ・ウェイストセンター「WHY(ワイ)」。徳島県上勝町が2003年から取り組んでいる、先進的なごみゼロ政策推進のための新しい施設だ。ごみステーション、地域交流の拠点、そして宿泊棟からなり、住民から集めた古建具がパズルのように組み合わされた外壁が特徴的だ。設計は建築家の中村拓志氏。

 
スタッフの田村浩樹さん(右)と大塚桃奈さん(左)

▲左/スタッフの田村浩樹さん(右)と大塚桃奈さん(左)。右/ごみステーションにて。

 
上勝町では住民自らが素材ごとに45分類のごみ分別を行い、リサイクル率は実に80%に達する。同時にその数字は、廃棄物の20%は上勝町をもってしてもリサイクル不可能だということも意味している。例えば使い捨ての衛生用品や、使いかけの塗料、化粧品など。これらは現状、焼却か埋め立てるしかない。

 
景色と椅子

▲左/客室のリビングから。右/ラウンジの椅子は某ホテル改修時の廃棄物。

 
知れば知るほど待ったなしのごみ問題。宿泊者にはリサイクルの最前線を知るツアーも提供され、いまの自分の消費・廃棄行動を見直すきっかけになる。しかし、WHYはさらに先を見ている。もし、ここを訪ねる人が残り20%のわずかな部分でも一緒に解決しようと知恵を出してくれたら。上勝町だけでなく、世界のごみ問題が改善するかもしれない。WHY─それは、便利さに慣れた私たちに鋭く突きつけられた問いであり、地球と人類のよりよい未来を探る冒険の出発ゲートでもあった。

 

上勝町ゼロ・ウェイストセンター
WHY(ワイ)

電話:080-2989-1533
住所:徳島県勝浦郡上勝町福原下日浦7-2
徳島阿波おどり空港から約1時間5分
URL:https://why-kamikatsu.jp

 
宮畑周平
みやはた しゅうへい/編集者・ライター・写真家・コーヒーロースター。「瀬戸内編集デザイン研究所」主宰。弓削島の築100年の古民家で家族と暮らす。

 

瀬戸内へのアクセス

東京(羽田)などから、広島空港、松山空港、徳島阿波おどり空港へJALグループ便が毎日運航。

 

(SKYWARD2020年7月号掲載)
※記載の情報は2020年7月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
※最新の運航状況はJAL Webサイトをご確認ください。

 
 

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