とっておきの話

真夜中のサグラダ・ファミリア【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

世界で最も有名な未完成の建造物といえば、バルセロナにあるサグラダ・ファミリア。着工から140年以上になりますが、いまだに建設は続いています。2026年に予定されていた完成も、コロナ禍の影響でさらに数年後に延びてしまったとか。

 
そういえば私がイタリアで画学生をしていた頃、なかなか作品を完成させられない人を「ガウディのような」と比喩していましたが、未完成はもはやサグラダ・ファミリアの代名詞であり、時間に抗(あらが)うようなプロセスもまた、この建造物の味わい深さになっていると思います。

 
私がサグラダ・ファミリアを訪れたのは今から15年以上前のこと。当時、私たち家族はリスボンに暮らしていましたが、夏休みは北イタリアのヴェネト州にいる夫の両親の家で過ごすのが恒例になっていたので、その際には片道約2500kmの距離を車で3日から4日かけて移動していました。途中スペインとフランスを経由しますが、この時はバルセロナを帰路の中継地として立ち寄ることにしたのでした。

 
その日は夫の実家からバルセロナまで1200km以上の距離を一気に移動、早朝に発ってバルセロナに到着したのは夜の11時過ぎ。家族は3人ともヘトヘトでしたが、ホテルへ向かう途中サグラダ・ファミリアが視界に入ってくるや否や覚醒した夫が「見に行こう!」と車を止め、私たちも眠たい目をこすりながら人影もまばらな教会の周りを散策。夜空に聳(そび)えるサグラダ・ファミリアはまるで特撮映画に出てくる巨大生物のようで、その存在感には圧倒されてしまいました。

 
その翌日、再びサグラダ・ファミリアを訪れてみましたが、昼間に見ると夜のような有機的な存在感は感じられず、むしろ観光客の多さに家族全員辟易(へきえき)してしまいその場から退散。今でも私たちの記憶に刻印されているのは、真夜中に見た、今にも動きだしそうな佇まいのサグラダ・ファミリアなのでした。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。

 

(SKYWARD2023年3月号掲載)
※記載の情報は2023年3月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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