あれもこれも日進月歩の世の中。お酒だって例外ではない。
“日本で一番古い蒸留酒”が何やらすごく進化しているとの噂。
泡盛にいったい何が?
目次
泡盛とコーヒーリキュールでカクテル?
さる事情通から「泡盛が面白いことになっているらしい」と聞いたのは数カ月前、東京のバーでのこと。聞きながらクースー(古酒)の複雑精妙な味が口の中に蘇った気がした─。噂の真相を追って沖縄にやって来た。
那覇・牧志の「バー・デイジー」は、コンテスト荒らしの腕利きバーテンダー、大城裕貴さんがシェーカーを振る店。店名のロゴマークが某アメリカ系遊園地のそれと酷似していると思ったら、オーナーが大ファンなのだそう。カウンターのストゥールに尻を据え、こちらで泡盛のカクテルが飲めると聞いて来ましたと告げると、大城さんが微笑んで頷く。よい姿勢、淀みない動き。バーテンダーの所作に見惚れるうちに2種のカクテルが完成した。
「エスプレッソ・マティーニ」は泡盛にコーヒー、バナナリキュール、コーヒーリキュール、キャラメルを加え、沖縄産のオレンジビターでアクセントをつけたもの。もう一つの「南国のパイナップル畑」は昆布を漬け込んで風味を移した泡盛にパイナップルジュースを加え、ホワイトカカオでコクを出した、と大城さんが説明してくれた。前者は夜の深い時間の沈思黙考に合いそうな奥行きのある味わい、後者はビーチで夕日を眺めながら飲めば、気持ちがほぐれそうだ。「どちらにも『尚(しょう)』という泡盛を使っています。カクテルベースになるように開発されたもので、泡盛のイメージを変える可能性があると思います」。
確かに、何かが泡盛に起きているようだ。
Bar Daisy(バー・デイジー)
電話:098-861-3001
住所:沖縄県那覇市牧志2-18-7 3-A
休日:木
2軒目に訪ねたのは、那覇・壺屋の泡盛バー「オニノウデ」。店主、佐久川長将さんは酒器蒐集の趣味が高じてこの店を出した。「泡盛新聞」の河口哲也編集長が泡盛のセレクトを担当。離島の珍品を含め、約400の銘柄が揃う。店内には「カラカラ」「ちぶぐゎ」といった沖縄独特の酒器が並ぶ。「あ、それは300年くらい前のものですね」などと佐久川さんはサラリと言うけれど、つまりはミュージアム級ということ? ちなみに店名のオニノウデは伝統的な長徳利から取られた。紡錘形の原始的な姿を昔の琉球人たちが鬼の腕に喩えてそう呼んだのだとか。
「尚」のボトルがここにもあった。ほかとは異なるモダンなデザインのボトルがすぐ目についた。どんなふうに飲ませるんですか? と問うと、佐久川さんはまず、カラカラ&ちぶぐゎで古酒を飲ませてくれた。トロリとしていかにも熟成した感じはあったが、いささか老朽し弱々しい味だった。この古酒に佐久川さんは「尚」を少し加え、グラッパなどを飲むときに使うグラスに注いでくれた。飲んでみると、なんと、古酒がキリリと回生しているではないか! 客が思わず目を見張るのを店主が愉快そうに眺めていた。
オニノウデ
電話:090-3797-0577
住所:沖縄県那覇市壺屋1-7-13
休日:水
まるでドラマ? 「尚」の誕生ストーリー
どうやら泡盛の進化のキーは「尚」という商品であるようだ。開発者を訪ねてみよう。その一人、瑞穂酒造の仲里彬さんはバー・カルチャーに精通する粋人である。「2017年から2年間にわたって、泡盛の技術者を対象にした研修会が開かれました」。それは、専門家を講師に招き、技術者のスキルアップと泡盛の品質向上を図るものだった。日本最古の蒸留酒である泡盛は、その歴史と製法において、極めて貴重で文化的価値の高いものであることは間違いない。しかしその売り上げは2004年以降ずっと右肩下がりだった。後のない危機感のなか、さまざまな取り組みが行われてきた。沖縄県酒造組合が実施したこの研修会もその一つだった。「研修会で私たち参加者は泡盛についてゼロから見直すことになりました」。
同じスピリッツで、世界で広く流通しているジン、ウォッカ、ラム、テキーラなども研究した。比べてみてわかったのは、泡盛には蒸留酒としての正統性がある一方で、異質な部分があること。泡盛はよく言えば味わいが複雑で、口当たりがオイリーだ。一方、ジンなどにはそんな要素は求められていない。世界がスピリッツに求めていたのは「クリアな味わいで余韻がスッキリとキレること」。ということは、求められる味わいを強調すれば、泡盛にもチャンスがあるのでは?
「世界で勝負できる新しい泡盛」を創造するプランが持ち上がったのは自然な流れだった。メンバーは既存の原酒のブレンドから試したが、満足のいく結果は得られなかった。ほかのアプローチはないか? 答えは仲里さんの趣味のなかから見つかった。「アメリカ人が書いたクラフトスピリッツの本に、多くのスピリッツは複数回蒸留(泡盛は通常1回蒸留で造られる)をかけているということが記されていて、これだと思ったのです」。
瑞穂酒造
電話:098-885-0121
住所:沖縄県那覇市首里末吉町4-5-16
URL:www.mizuhoshuzo.co.jp/
後に「尚」プロジェクトのリーダーとなる瑞泉酒造の伊藝壱明さんが容量200mlの小さな試留器で複数回蒸留の実験を行った。蒸留中に出る不要な風味を慎重にカットしながら蒸留を繰り返すこと3回にして、ねらいどおりのクリアで米由来の甘い風味を持つ味わいに辿り着いた。わずか50mlだけ造ることができたプロトタイプを持って、伊藝さんはたまたま来沖中だった洋酒研究家・大西正巳さんのもとに向かう。これを試した大西さんが「これなら祇園のバーに置けるぞ」と唸るのを見て、伊藝さんは鳥肌が立ったという。
3回蒸留による、バーをターゲットにした新しい泡盛は琉球王家の名を取って「尚」と名づけられた。泡盛メーカー45社に協働を呼びかけたところ、12社が参加を表明。かくして、製法とパッケージを同じくする12本の「尚」が生産される運びとなった。「造り手として意外な収穫だったのは、3回蒸留で純度が高まることで損なわれるのではないかと懸念された各蔵の持ち味が、逆に透明になった酒質の向こうにクッキリと見えるようになったことでした」と伊藝さん。
泡盛は沖縄だけの“島酒”で、県外の人が飲むのは沖縄に来たときだけ、地元の若い人も半分はほかの酒を選ぶという、いわばガラパゴス化した酒になっていた。「『尚』が入り口になって、もっと広く普通に飲まれる酒になってほしいです」。
昨年の10月31日未明に首里城が火災に遭ったとき、伊藝さんは現場のすぐ近くに立つ酒造に駆けつけた。その時の様子を「燃え盛る本殿から立ち昇る炎が、まるで竜のようでした」と証言している。過去に幾度も火災に遭い、その度に再建されてきた首里城は復興と不滅のシンボルである。「尚」の誕生と今後の展開が、首里城とウチナンチューへのエールになるといい。
瑞泉酒造
電話:098-884-1968
住所:沖縄県那覇市首里崎山町1-35
URL:www.zuisen.co.jp/
ハレクラニ沖縄でいただく泡盛カクテル
滞在最後の日、恩納村まで足を延ばし、ハレクラニ沖縄を訪ねた。バーからは海が広く見渡せた。あいにくの曇り空だったが、それでも海はなおコバルトブルーを湛え、時折雲間から覗く日差しが水面に黄金色の足跡を刻む様は神々しかった。バーテンダーの三野大樹さんが泡盛カクテルを作ってくれた。南国果実の風味が目の前の風景と見事に親和していた。
ハレクラニ沖縄
サンセットバー スペクトラ
電話:098-953-9530(レストラン予約)
住所:沖縄県国頭郡恩納村名嘉真1967-1
URL:www.okinawa.halekulani.com
浮田泰幸
うきた やすゆき/ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。旅、ワイン、食文化、人物ルポを主なテーマに、広く海外・国内を旅し、雑誌やWebマガジンなどに寄稿。
伊藤徹也
いとう てつや/日本大学藝術学部写真学科卒業後、フォトグラファーに。旅、食、ポートレートから建築までジャンルを問わず活動。撮影を担当した近著に『受け継ぎたいレセピ』(誠文堂新光社)がある。
沖縄へのアクセス
日本各地から沖縄(那覇)空港へJALグループ便が毎日運航。
関連記事