旅への扉

めでたい日本 招福猫紀行|招き猫の豆知識&東京の猫寺

文/吉原徹 撮影/角田進 イラスト/津村仁美

じっとこちらを見つめるのは、可愛らしく手を挙げる招き猫。
「今年も皆さまのもとに福が訪れますように」。
人の願いに寄り添ってきた招き猫たちの、歴史と文化を愛でる旅へ出かけましょう。

 

にゃるほど!招き猫の豆知識

招き猫の基本
手:右手を挙げたら「お金招き」、左手を挙げたら「人招き」、両手は「お手上げ」と敬遠する人も。
目:大きな目の常滑系からリアリティーのある瀬戸系まで目の大きさもさまざま。
前掛け:赤い首輪と鈴のついた前掛けが主流。九谷焼の招き猫のように鈴が肩のところにのっているものも。
持ち物:大事に抱えた小判は、千万両、億万両と時代とともにインフレ傾向!?

 
色もいろいろ
青:学業成就、金:金運満足、赤:健康長寿、
黒:厄除安全、グリーン:家内安全、ピンク:恋愛成就

 
右手を挙げれば、お金を招き。左手挙げたら、人招き。千客万来、商売繁盛……などなど。さまざまな願いをかなえる縁起物として、レジ横や店先、家の玄関に鎮座する招き猫。手を挙げてちょこんと座る姿が愛らしい人気者は、にゃんと近頃「LUCKY CAT」として海外でも注目されているのだとか。

 
日本生まれの縁起物である招き猫。その由来は諸説あってはっきりしないが、好事家の間で有力視されるのが「今戸焼丸〆猫(まるしめのねこ)」起源説だ。今戸焼とは、東京・浅草の今戸や隅田川周辺で生産された焼き物のことで、ここで作られた丸〆猫という土人形が、招き猫の原型といわれる。

 
この丸〆猫が江戸の地誌『武江年表(ぶこうねんぴょう)』や歌川広重の判じ絵『浄る理町繁花の図』に登場することから、江戸後期には招き猫が庶民の間で流行していたと考えられている。丸〆猫は横座りで顔のみ正面を向き、右手で福を招くポーズが主流。腰の後ろに丸の中に〆の文字が描かれているが、これは「まる(お金や福)をひとり占めする」という意味のようだ。

 
丸〆猫のほかにも、招き猫発祥の逸話や伝説が残る場所は全国に点在。養蚕が盛んな地域では、蚕(かいこ)を鼠から守る猫を神の使いとして祀ることもあったとか。人間にとって身近な動物である猫に招福の願いを託すことは、案外自然なアイデアであったのかもしれない。

 

代表的な招き猫の産地
瀬戸焼:すっきりとしたスタイルと磁器ならではの美しい肌。多様なデザインも魅力!
九谷焼:絢爛豪華な文様と品のある横座りが魅力のエキゾチックな工芸品。
常滑焼:大きな目と耳を持ち小判を抱えた二頭身は、招き猫のスタンダード。
豊岡張り子:養蚕の守り神としても人気だった張り子の招き猫。90cmを超える大猫も!
伏見人形:江戸から評判が伝わったのか江戸時代末期の伏見でも招き猫の土人形が大人気に。
今戸焼:江戸時代末期の浅草界隈で、民間信仰の対象となった丸〆猫が招き猫のルーツとも。

 
さて、時代の流れとともに着々とファンを獲得してきた招き猫。その魅力は、自由で幅広い創作のバリエーションにある。例えば、招き猫の産地によってデザインはさまざまで、小判を抱えた定番デザインでお馴染みの常滑焼(とこなめやき)、細身で頭が小さく艶のある白肌が魅力の瀬戸焼、絢爛豪華な色絵がエキゾチックな九谷焼など、まさに十猫十色。陶磁器製の招き猫だけでなく、土人形や張り子など、素材や技法も自由自在で、最近は作家による一点物も生み出される。

 
気になるご利益も多彩で、耳よりも上に手が挙がる“手長”は、大きな福や遠くの福を招くとされ、反対の“手短”は身近な福を集めるのにいいという。近年はカラフルな招き猫も登場しており、黒は厄除安全、赤は健康長寿、ピンクは恋愛成就など、色によって得意とするご利益があるのだとか。いやはや招き猫の世界は、にゃんとも奥深くて面白いのだ。

 

豪徳寺に人と福を招く猫の恩返し(東京)

▲左/灯籠にも猫たちの姿が! 右/招福殿横の奉納所には、願いを成就した人が招福猫児を奉納。

 
招き猫発祥の地ともいわれる東京・世田谷区の豪徳寺。この寺院と招き猫の間に縁が生まれたのは、江戸時代前半のことだった。

 
その頃の豪徳寺は貧しい寺で、当時の和尚は自らの食事を分け与えながら飼い猫を大切に育てていたという。あるとき、和尚が「もし恩を感じているなら何か果報を招きなさい」と猫に言い聞かせたところ、しばらくたった夏の午後、門前に鷹狩り帰りと思われる立派な武士の一団がやってきた。

 
聞けば「寺の前を通りかかったとき、門前で猫が手招きをしていたので、不思議に思って訪ねた」と言う。武士たちを迎え入れた和尚は、お茶を出して説法をしていたが、そのときにわかに雷雲が立ち込め夕立が降り始めた。武士は「猫のおかげで雨をしのぎ、法話を聞くこともできた」といたく感激。

 
実はこの武士が、近江彦根藩主の井伊直孝で、以来豪徳寺は井伊家の菩提寺として大いに発展。和尚はその後も猫を大切にし、亡くなった後は墓を建てて冥福を祈ったそう。そして後年、猫の姿をした人形を“招福猫児(まねぎねこ)”と名づけ、家内安全、商売繁盛、心願成就を願うお守りとして授与するようになった。

 

▲三重塔には十二支とともに猫の彫刻も。

 
こうして猫寺として広く知られるようになった豪徳寺。境内を歩けば、猫との縁を感じさせる風景が目に飛び込んでくる。三重塔には十二支とともに猫の彫刻が施されており、絵馬にも猫の姿が。また、招福殿の横には、たくさんの招福猫児が奉納されている。

 
「豪徳寺では猫を観音様の眷属(けんぞく)としてお祀りしていて、招福殿では御祈祷も承っています」と教えてくれたのは、同院職員の堀井雄禅さん。豪徳寺の招福猫児は、右手を挙げた白猫で、シンプルな色彩と上品な佇まいが魅力。“豆”から“尺”まで9つのサイズがあり、現在は月に5,000体ほどが授与されるという。

 
「昨年までは外国の方もとても多かったですね。招福猫児はフランス人の美意識に合っているそうで、フランスの雑誌から『招福猫児を撮影したい』と依頼を受けることもありました」と堀井さん。

 
おいで、おいで、と手を挙げる招福猫児は、今もなお多くの人と福を豪徳寺に招いているのだ。

 
吉原徹
よしはら とおる/1977年生まれ。フリーランスの編集者・ライターとして活動。国内外の自然や文化を巡る旅の記事を雑誌やWebサイトに寄稿。これまでに70ほどの国と地域を取材する。

 
角田進
つのだ すすむ/フォトグラファー。日本大学藝術学部写真学科卒業。上質な暮らし、心地よい時間をキーワードに、料理、インテリアからファッションまで、幅広い分野で活躍中。

 

豪徳寺定番のお土産

「吉祥最中 まねきねこ」「招き猫サブレ」「半月どら焼 タマの夢」

▲吉祥最中 まねきねこ 130円(税込)

 

▲招き猫サブレ 140円(税込)

 

▲半月どら焼 タマの夢 190円(税込)

 
どれも昔ながらの手作りの味でほっとする。特に自家製餡は格別。

 

東肥軒(とうひけん)
住所:東京都世田谷区豪徳寺1-38-7
電話:03-3420-1925
営業時間:10:00~19:00
休日:日(不定休あり)
URL:www.kurufuku.jp

 

「世田谷じんじゃーソフトクリーム」

▲世田谷じんじゃーソフトクリーム 550円(税込)

 
高知産の生姜のみを使用したコンフィチュールがアイスの甘みを引き立てる。

 

ホリックカラードリンクス
住所:東京都世田谷区豪徳寺1-22-5 豪徳寺市場5号室
電話:03-6804-4695
営業時間:11:00~19:30
休日:火・水
URL:www.holic-colordrinks.com

 

「まねきねこどら」

▲まねきねこどら 205円(税込)

 
バターで焼いた皮がふんわりと香ばしい。店内には端正な和菓子が並ぶ。

 

まほろ堂 蒼月
住所:東京都世田谷区宮坂1-38-19 ウィンザーパレス103
電話:03-6320-4898
営業時間:10:00~18:00
休日:月(不定休あり)
URL:https://mahorodou-sougetsu.com

 

招き猫ゆかりの地 MAP

招き猫伝説の残る寺社から多彩な表情の招き猫との出合いを楽しめる名所まで。
全国各地に点在する招き猫ゆかりの地をご案内します!

 

 

住吉神社(東京都青梅市)
街の繁栄を願って奉納された「阿於芽(あおめ)猫祖神」が参道の小祠に鎮座。

 
自性院(東京都新宿区)
招き猫発祥の寺院の一つで猫地蔵尊を祀るお堂も。

 
海雲寺(群馬県安中市)
豪徳寺から勧請した招福観音の分身を祀る寺。

 
檀王法林寺(京都府京都市)
寺社にゆかりのある招き猫として日本最古といわれる「黒招き猫」がいる。

 
お松大権現(徳島県阿南市)
「猫神さま」の通称で信仰を集め、約1万体の招き猫が奉納される。

 
宝当神社(佐賀県唐津市)
宝くじが当たると噂の神社。その参道にはリアルな招き猫も!?

 

(1)豪徳寺(東京都世田谷区)


招き猫発祥の地の一つといわれ、広大な境内の一角に立つ招福殿には多くの招福猫児が奉納される。

 

住所:東京都世田谷区豪徳寺2-24-7
アクセス:羽田空港から電車で約1時間15分。車では約45分。
参拝時間:6:00~17:00 ※夏季は18:00まで

 

(2)招き猫ミュージアム(愛知県瀬戸市)


郷土玩具や骨董品から作家物の創作招き猫まで、約5,000体の招き猫を展示。招き猫の絵付け体験も人気。

 

住所:愛知県瀬戸市薬師町2
アクセス:中部国際空港から電車で約1時間35分。車では約1時間5分。
営業時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)

 

(3)とこなめ招き猫通り(愛知県常滑市)


常滑駅から陶磁器会館へ向かう道路沿いに、巨大招き猫「とこにゃん」や39体の陶製招き猫などが並ぶ。

 

住所:愛知県常滑市
アクセス:中部国際空港から電車で約7分。車では約15分。
見学時間:自由

 

(4)住吉大社(大阪府大阪市)


全国の住吉神社の総本社。商売発達・家内安全を願う「初辰まいり」で招福猫を授かると一層ご利益が。

 

住所:大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89
アクセス:伊丹空港からリムジンバスと電車で約1時間。車では約35分。
参拝時間:6:30~17:00 ※4月~9月および毎月1日と初辰日は6:00~

 

(SKYWARD2021年1月号掲載)
※記載の情報は2020年12月8日時点のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
※最新の運行状況はJAL Webサイトをご確認ください。
※掲載地の状況は変更になっていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。
※参考文献:『招き猫百科』(日本招猫倶楽部編)

 

関連記事

EDITORS RECOMMEND~編集部のおすすめ~

キーワードで記事を探す