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お彼岸とは?2022年はいつ?やってはいけないことも解説

お彼岸というと、お墓参りというイメージがある。正式には何をすればよいのか、知っているようで意外と知らないのではないだろうか。ご先祖様に失礼がないよう、今年はきちんとその意味やマナーについて理解してから、お彼岸を迎えよう。

 
この記事では
・お彼岸の由来や歴史
・お墓参りの作法
・お彼岸に食べるもの

 
などを紹介する。

 

お彼岸は何をする日?

 
「暑さ寒さも彼岸まで」。そういわれるとおり、お彼岸は年に2回ある。春は春分の日、秋は秋分の日のそれぞれを中日とし、その前後3日間をあわせた7日間がお彼岸となる。これをきっかけに、厳しい冬の寒さや夏の暑さに別れを告げる、という目安にも。春のお彼岸を「春彼岸」、秋のお彼岸を「秋彼岸」と区別して呼ぶこともあるようだ。

 
2022年のお彼岸の日程は下記だ。

 
<春のお彼岸>
彼岸入り 3月18日(金)
中日 3月21日(月) ※春分の日
彼岸明け 3月24日(木)

 
<秋のお彼岸>
彼岸入り 9月20日(火)
中日 9月23日(金) ※秋分の日
彼岸明け 9月26日(月)

 
春分の日、秋分の日は、国立天文台が前年の2月に官報で、翌年の日程をが掲載された暦要項を発表することで決まるそう。この期間に寺院では、彼岸会(ひがんえ)として法要を行う。また、いずれも中日を中心に期間中は、ご先祖様への感謝の意味を込め、お墓参りや仏壇・仏具の掃除、お供えなどの供養を行い、それにあわせて自分自身の日頃の行いを振り返り、見直すのが古くからの習わしという。

 
▼春分の日について、詳しくはこちら

2022年の春分の日は3月21日|意味や由来、行事食などを解説

 
▼秋分の日について、詳しくはこちら

2022年の秋分の日は9月23日|意味や由来、行事食などの風習を解説

 
そもそも、お彼岸はどこから始まったのだろうか。元は季節や期間を表す言葉ではなかったという。春分の日は、太陽が真東から出て真西に沈む日。浄土思想では、極楽浄土は西方にあり、西方に沈む太陽を礼拝することが習いだ。煩悩を払うため西に沈む太陽に祈りを捧げ、極楽浄土へ想いを馳せる。春分、秋分の日は「この世とあの世が最も近く、通じやすい日」と考えられたことから、この日に西に向かって拝むと、功徳が施されるとも信じられた。それから、春分、秋分の中日を中心に供養を行い、悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目=六波羅蜜(ろくはらみつ)を1日に一つずつ修める日とされた。それが時代をへて、ご先祖様を供養するお彼岸となり、私たちの生活に欠かせない大切な行事となっていったようだ。ちなみに、六波羅蜜とは、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)の修行徳目をいう。

 
一方で、言葉の由来はどうだろうか。この世の苦しみや煩悩から逃れ、悟りと安らぎの境地に至ることをサンスクリット語でパーラミター(波羅蜜多)という。その漢訳「到彼岸」を略した言葉が、彼岸になったといわれている。直訳すると「向こう岸へ渡る」。またこの言葉には「悟りを開く」「成就する」という意味もある。三途(さんず)の川を挟んだ向こう側は、仏様の住んでいる世界。そこは彼岸で、涅槃があるという。本来、仏教ではその境地に達するためにさまざまな修行を行うのだ。現世のことは、此岸(しがん)と呼ぶそう。

 
しかし、仏教の本場インドや中国には彼岸行事がなく、お彼岸は日本独自の信仰と結びついて発展した仏教的習慣という説が有力だ。では、日本ではいつから行われるようになったのか。さかのぼると「日本後紀」に、806年に早良(さわら)親王の怨念を鎮めるために仏教行事が行われたとあった。これが後に彼岸会に発展したよう。そのルーツは、実に平安時代。その頃の平安時代というと、政権争いによる混乱が続き、天災や飢饉、疫病の流行など人々には多くの不安があったとか。そんななか「末法思想」が社会現象となって、極楽浄土を願う祈りと先祖供養が結び付き、お彼岸が行事として日本人に定着したのかもしれない。

 

お彼岸にやるべきこととは?

ご先祖様への感謝と供養を込めて、お彼岸には以下のことを実践したい。

 

仏壇、仏具の掃除

 
ご先祖様のいらっしゃる仏壇は常にきれいにするように心掛けたいものだが、この期間はスペシャルケアを行いたい。まずは、ご先祖様に「今日はお掃除をさせていただきます」と合掌し、ご本尊、位牌、仏具などを外に出してから、毛ばたきや雑巾などで埃を落とすことから始めよう。掃除が終わった後、きちんと元の位置に戻せるように、取り出す前に、写真を撮影しておくことがポイント。仏具は金箔や漆塗り、木製などデリケートな素材のものも多く、丁寧に扱いつつ乾いた柔らかい布で軽く拭く程度でよい。掃除のタイミングは、晴れた日に。思ったより埃が出るので、窓を開け放つことも忘れないで。近頃は、仏壇がない家庭も多いと思うが、ご先祖様の写真立てを新調したり、拭き掃除をしてみるのはいかがだろうか。花や水、菓子などの供物を手向け、感謝するだけでも気持ちは伝わるはず。

 

お墓参り

 
基本的に思い立ったらいつ行ってもよいという。お墓では草むしりや掃除をするので、きちんとしつつ動きやすい服装がふさわしい。しかし、お坊さんを呼んで特別な法要をするときは、礼服または黒の喪服を着用しよう。最近は、供花などを販売したり、掃除用具も貸し出してくれる墓地が多い。数珠、線香、ライター(風よけの付いたものが便利)や供物は、持参したい。お墓参りは、なるべく午前中など明るい時間帯に済ませよう。暗くなると霊が集まりやすくなる、という説もあるので、16時以降は避けるようにするとよい。

 

お墓参りの手順

 
1)手桶に水を汲んで、合掌礼拝してから、お墓の掃除を始めよう。まずは、墓周辺の雑草や枯葉などを取り除き、墓石に水をかけ、柔らかい布やスポンジなどで汚れを落とす。ブラシやたわしでこすると、墓石が傷むので避けたほうが無難。

 
2)ひととおり汚れが取れたら、きれいな水で墓石に水をかける。

 
3)掃除済みの花立てに水を入れ、長さやバランスを整えた花を入れる。このときにハサミを持参しておくと便利。供物は持参した白の半紙や懐紙に載せ、供える。

 
4)着火した線香を香炉に立てる。線香の数は、基本的には奇数。線香についた火は、口で吹き消してはいけない。手で仰ぐようにして消そう。人間の口から出る息は、穢れたものと信じられているので、仏様に供えるときには使わないそう。

 
5)お参りは、故人と縁の深い人から始める。手に数珠をかけ、軽く目を閉じ、30秒ほど黙祷。全員のお参りが済んだら終了だ。カラスや野生動物などによる被害を避けるため、供物は必ず持ち帰るようにする。

 
※宗教・宗派や地域によって異なる場合がある。

 

お墓参りでやってはいけないこと

 
1)他者のお墓の敷地に入ったり、墓石を触ったりするのはNG。また、他者のお墓に手を合わせてもいけない。故人が身内だと勘違いして、ついてくる恐れもあるというから気をつけたい。著名人や歴史上の人物などのお墓を見かけることもあるだろうが、会釈のみで済ませよう。

 
2)派手な服装や肌の露出が多い服装、強い香りの香水は避ける。清潔な身なりを心がけて。できれば素足は避け、ストッキングや靴下を履く。服装などは地域によってしきたりがあることも多く、事前に確認しておくほうが無難だ。

 
3)匂いの強い花やつる、とげのある花、花粉が多い花などは供えないようにしよう。具体的にはバラやアザミなどのとげのある花、彼岸花など。香りが邪気を払うとされる菊など、供花としてアレンジされているものを選べば間違いない。

 
4)ペットを連れていくことは構わないが、粗相には気をつけたい。また、子どもが墓地で走り回ったり、騒いだりすることもNG。墓地は神聖な場所、ということをくれぐれもお忘れなく。

 

お彼岸に食べるものとは?

お彼岸はもともとが仏教行事のため、その時期に食すものは精進料理がふさわしい。昔から「入りおはぎに明け団子、中の中日に小豆飯(あずきめし)」ともいわれているとか。お彼岸に食す習慣のあるものを細かく説明していこう。

 

ぼたもち、おはぎ

 
定番の供物。あれ、一緒では?と思えるのだが、実は微妙に違うのだ。どちらも、もち米とあんこを使用するが、漢字にすると違いがわかりやすい。春はこしあんで牡丹餅(ぼたもち)、秋はつぶあんのおはぎというのが一般的だ。あんこの種類が違うのは、収穫時期の違いから。収穫したばかりの秋の小豆は、皮ごと食べられるのでつぶあんなのだそう。小豆は邪気を払い、魔除けの効果があると信じられていることから、ご先祖様への供物として普及した。そのほか、ぼたもちとおはぎには、大きさや形の違いがあるという説も。

 

精進料理

 
仏教的な観点から、殺生をせず、刺激物を避けた料理を食す。基本は一汁三菜で、飯碗、汁椀、漬物に、精進揚げ(旬の野菜の天ぷら)などおかずを加える。だし汁には基本的に昆布や椎茸を使用し、精進揚げは野菜やキノコなどを中心に。

 

彼岸そば、うどん

お彼岸の時期は、季節の変わり目で体調を崩しやすい。消化のよいそばやうどんを食し、体調を整えるということから始まった。また、そばは五臓六腑の汚れを清める食べ物なので、ご先祖様を迎えるときに食されるようになったとか。

 

小豆飯(あずきめし)

小豆飯はあらかじめ煮ておいた小豆と煮汁、うるち米を一緒に炊きあげる。または、ゆでた小豆を炊きあがりのご飯に混ぜてもよい。小豆を萩の花に見立て、萩ごはんということも。もち米に小豆やササゲを加えてせいろで蒸した赤飯とは作り方に違いがあるのだ。

 

明け団子

お彼岸の明けの日に、串についた団子を供え、食す風習。物事を貫き通す、という意味から。諸説あるが、あの世に帰るご先祖様へのお土産なのだとか。

 

いなりずし、五目ずし

ご先祖様へのおもてなしの一つとして、準備する場合が多い。現世で生きる私たちも大好きないなりずし、五目ずしをお供えすることで、少し特別感を持たせ、ご先祖様に喜んでもらおうという心遣いのようだ。

 

お彼岸とお盆の違いとは?

どちらもご先祖様を供養する行事だが、お盆は新暦の8月15日を中心に、ご先祖様の霊を迎え入れること。お彼岸は現世とあの世の距離が最も通じやすくなる春分、秋分の時期に、こちら側から近くまで行きご先祖様を供養する、という違いがある。

 

 
一般的にお盆は8月13日にご先祖様の霊を迎え、16日に送り火をたいて見送る。推古天皇の頃に、初めてお盆の行事が行われたとの記録がある。その後、祖先崇拝や仏教の盂蘭盆会(うらんぼんえ)、儒教の思想などが混じりあい、現在の形となったようだ。京都で行われる「五山の送り火」は、ご先祖様の霊を送る行事の一つだ。

 
お盆の期間中はご先祖様の霊が帰ってくるので、迎え入れるために玄関先に目印となる盆ちょうちんを灯したり、精霊馬に乗って行き来できるように割り箸を刺したキュウリとナスを準備したりする。それと比べると、お彼岸には特に決まった飾りや儀式などはない。

 

地域によってお彼岸に違いはあるの?

お盆に比べ、期間も共通で、地域色は薄い。お墓参りをはじめ、仏壇の掃除をしたり、お寺の彼岸会に参加したりするのが全国的な過ごし方のようだ。そんななかでも、特徴的な風習がある地域を紹介する。

 

福島県

 
会津若松市では、お彼岸の時期に「会津彼岸獅子」を行う。かつて疫病退散のために獅子舞を奉納祈願したところ終息したという。ちょうど春彼岸の時期で、それ以降、彼岸獅子の行事として行われるようになったという。

 

秋田県

能代市鶴形地域では毎年3月の送り彼岸の日に、死者の霊を供養し、五穀豊穣、無病息災を祈願する「地蔵(じんじょ)焼き」を米代(よねしろ)川河川敷で行う。
さらに大館市の一部の地区では、冬の時期に生花が手に入りにくいことから、春の彼岸用として柳の木などを薄く削って花びらや葉を作り、赤やピンクなどに染めた木の造花を供える。

 

熊本県、佐賀県

熊本県阿蘇地方では、お彼岸の時期に「彼岸籠り」といって阿蘇山に登る。大正時代には、彼岸の中日に、夕日を拝む習慣もあったという。一方、佐賀県では、お彼岸を神社で行う。ぼたもち、料理を持ち寄り、神前で酒盛りを行うとか。

 

沖縄県

沖縄県のお彼岸行事は独特だ。本州のようにお墓参りをする地域は少ない。お墓と仏壇はつながっている、という考えから、仏壇にお参りをする。その際に、沖縄の火の神様ヒヌカンと仏壇に供物(ウサギムン)を供え、御三味(ウサンミ)と呼ばれるご馳走も用意。家族でウサンデー(供物をいただく)してから、ウチカビ(あの世のお金)を燃やしてお金をご先祖様に捧げるという。時期も旧暦2月、8月、12月に行われる。
さらに、沖縄では清明祭(シーミー)という、春分と穀雨と呼ばれる時期の中間、清明(せいめい)の節気に行われる行事も。この日はお墓参りをし、さらにお墓の前で家族で食事をする。

 
現代のお彼岸は、本来の仏教色は薄れ、期間中の法要や墓参りのことをさすことが多い。しかし、ご先祖様を敬う気持ちは今も昔も変わりない。このような時代だからこそ、今年は新たな気持ちでお彼岸を迎え、ご先祖様を大切にしたいもの。あわせて六波羅蜜にも思いを馳せてみて。人生の新しい指針が見つかるかもしれない。

 
 

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