とっておきの話

フライトは人生そのもの【キャプテンの航空教室】

文/江島藍子 イラスト/高橋潤

皆さまの人生は、さまざまなことについて選択し、決定・決断をするということの繰り返しではないかと思います。朝目覚ましが鳴った後すぐに起きるかどうか、今日の昼は何を食べるかといった無意識的・意識的な決定から、プロポーズを受けるかどうかといった人生を左右するような決断まで、ありとあらゆることを決めていると思います。コックピット内でも、まさにそのような決定・決断が繰り返し行われています。

 
今回は、私たちパイロットがフライト中に決定・決断を下すのに必要なスキルの一部をご紹介したいと思います。それはNon-Technical Skill(ノンテクニカルスキル)と呼ばれるもので、そのなかにSituational Awareness(シチュエーショナルアウェアネス/SA)とDecision Making(デシジョンメイキング/DM)というものがあります。

 
例えば、巡航中遠方に雲を視認したとします。まず現在の経路、高度を維持したらその雲に入るかどうか、そしてこの雲は避けるべきものかどうか、どのような方法で回避することが可能か、回避する場合の燃料消費はどれだけか─。この過程がSAです。航空機内外で起きている事象を認識し、それを分析し、今後何が起こり得るかを予測する。分析はあらゆる手段を用いて、予測は悲観的に実施します。

 
そして避けるべき雲であると判断したら、左右に避けるか上下方向に避けるか、それぞれのメリット・デメリットを考慮し、また回避できなかった場合の代替案も考え、最終的な判断をします。これがDMです。対策が必要と特定した場合は、解決案を考え実行し、その結果に対して再度SAのプロセスを用いて状況を見極めます。

 
このプロセスを機長と副操縦士が各々で実施しながら、情報共有をして最終的にクルーとしての決定・決断を機長が下します。経験や知識など人により背景が異なるため、SAやDMの形は人により変わります。

 
チームとしてより高いパフォーマンスを維持するためにも、パイロット各々の能力はもちろんのこと、情報共有する際のコミュニケーション能力が求められます。私が特に心掛けていることは、一緒にフライトに携わるクルーをよく観察することです。相手がどのような状況にあるかにより、伝えるタイミングと情報量を変えます。そして伝えた後も相手の表情や反応を観察し、確認をします。

 
常に時間的な制約があるなか、また目まぐるしく変化する状況下で、この作業を繰り返し行います。ときには選択肢が多く、判断に迷いが生じることもあります。そのようなとき、私たちは常にシンプルに目的だけを考えます。それが安全運航です。安全運航とは、誰にも不安な思いをさせることなく、目的地に到着するということです。

 
皆さまの日々のご決断も、ご自身の人生がよりよく、より充実したものになるようにという目的のためになされているのではないでしょうか。近年は、自己責任のもと各個人にさまざまな決定・決断が求められます。情報量も膨大で、想定外なことに対しても決めなくてはなりません。複雑なときほどシンプルに。皆さまの人生が安全運航であることを願っております。

 

江島藍子 Aiko Ejima
J-AIR
エンブラエル170/190型機 機長
出身地:神奈川県
趣味:読書、体幹トレーニング
座右の銘:失意泰然 得意淡然

 

(SKYWARD2020年12月号掲載)
※記載の情報は2020年12月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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