とっておきの話

イタリア・ドロミティの山にキノコを求めて【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

夫の家族はイタリア北東部、アルプス山脈の一部ドロミティ山塊の麓に暮らしています。なので、我々はよくこの近辺の山へ出掛けるのですが、皆が特に気に入っているのがオーストリア国境側の地帯。ここには独特の形状の山が連なり、その景観はどこか宇宙的で、最近ではハリウッド映画『ハン・ソロ』のロケ地にもなりました。

 
数年前の9月の初頭、私と夫と息子の3人はオーストリアとの国境のそばにある、セストという村を訪れました。着いて早々、夫と息子が近場まで山登りに出掛けるというので、私は家から持ってきた籠を抱えて付いていくことに。私にとっては山登りよりも、その地域によく生えているというポルチーニ茸の採取が一番の目的だったのです。

 
針葉樹の小径の脇には所々キノコが生えていますが、ポルチーニらしきものはどこにも見当たりません。誰かが先に来て採取してしまったのでしょう。しかも、途中でちらちら雪が舞い降りてきたと思ったら、あっというまに前も見えないくらいの大雪となり、私たちは必死の思いで山小屋へ辿り着きました。温かいスープを飲みながら雪が止むのを待っていると、小屋の主人が私の籠を覗き込んで眉をひそめています。実は、山小屋へ向かう途中、私は雪をかぶったポルチーニのシルエットを見逃さず、素早くそれを採って籠に入れていたのです。しかしあらためて確認すると、それは赤いかさに白い水玉模様の、毒性の紅天狗茸でした。「あの大雪のなかでその食い意地」と夫に皮肉られ、小屋じゅうの人にも大笑いをされてしまいました。

 
ドロミティは黄昏時に山肌が特殊な発色をすることでも有名な場所ですが、その日宿に戻った私たちは、紫色と桃色に染められた峰々を目のあたりにしました。私は、地球という惑星の計り知れない壮麗さに、キノコへのみみっちい執着など、すっかり払拭(ふっしょく)することができたのでした。

 
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。

 

(SKYWARD2018年11月号掲載)
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