イタリア北東部、ベネト州の小都市バッサーノ・デル・グラッパは私の夫の故郷であり、私が40年以上前に初めて暮らしたのもこの街の近郊でした。私をイタリア留学に誘った夫の祖父や、彼の親族のほとんどがこの地域の出自なので、私にとってはもうひとつの故郷といってよいかもしれません。
夫の祖父も、そしてその妻もベネチア共和国時代から続いていた陶芸工房の末裔でしたが、バッサーノではこうした陶芸をはじめ、さまざまな伝統工芸が生まれています。その繁栄のきっかけとなったのが、この街の中心を流れるブレンタ川です。ブレンタ川は、ヨーロッパアルプスの東側、ドロミテと呼ばれる山岳地帯の南部からアドリア海に向けて174㎞の距離を流れていますが、この川の恩恵がもたらした文化や産業は多種多様です。
バッサーノ・デル・グラッパという街の名前からも簡単に想起できると思いますが、この街はブドウの蒸留酒グラッパの聖地ともいわれ、名門蒸留所が集まっています。グラッパもまた、素晴らしい水質と豊かな水量、そして輸送手段としても便利だったブレンタ川が育んだバッサーノの誇りです。
そして、この街の中心部には、後期ルネサンスの建築家パッラーディオが設計した、珍しい屋根付きの木造の橋がブレンタ川の上に架けられています。「山岳隊の橋」と呼ばれるこの橋は、これまでに洪水や戦争のダメージを被りながらも、その度に丁寧な修復が繰り返されました。今でも街のランドマークとして、美しい山々と川の流れを眺める市民で賑わっています。
バッサーノの魅力についてはまだいくらでも書きたいことがあるのですが、壮麗な山々に見守られた美しい文化都市の素晴らしさを知っていただくには、実際に現地まで赴くのが一番でしょう。もし春に行かれるのであれば、ぜひとも名物の絶品ホワイトアスパラをお召し上がりください。
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。
(SKYWARD2026年5月号掲載)
※記載の情報は2026年5月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
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