旅ごはん

ニッポンうどん紀行|第三杯 広島県呉市「山乃家 本店」

文・写真/井上こん

歴史を振り返れば、働く男たちのそばにはいつもうどんがあったのではないだろうか。

 
古くは大阪。太閤秀吉の命で大阪城築城に駆り出された労働者にはじまり、アジアの玄関口として博多を貿易拠点に押し上げた博多商人、筑豊炭田の石炭業や八幡の製鉄業などの近代産業に従事した鉱業マンなど、ゆっくり昼食など取っていられない者たちにとって、手早くかき込め、体も温まるうどんは勝手のいいファストフードだったのだろう。

 
瀬戸の海を臨む穏やかな街、広島県呉市。かつて東洋一の軍港とうたわれた港には、今も潜水艦や護衛艦が並ぶ。戦前、何万人もの労働者たちが支えたこの街にもまた、当時彼らの腹を満たしたうどんが今もその姿を残している。

 
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▲再開発が検討されるJR呉駅前。この景色もまもなく見納めだろうか。

 
港を過ぎ、市街地へ。碁盤の目のごとく東西南北に直線で区画された街を歩くと、整斉とした印象を受ける一方で、どこか暗鬱とした思いが湧き上がってきた。

 
戦前・戦中の呉を描いた2016年公開の映画『この世界の片隅に』での慄然(りつぜん)たる描写は、多くの人の記憶に新しいことだろう。当時、軍港を持つ呉は複数回にわたり米軍の空襲を受け、2,000人以上の犠牲者が出た呉市街大空襲では市街地一帯が焦土と化したといわれている。

 
そんな大混乱の時代を生き抜き、市内で現存するうどん屋では最古の「山乃家 本店」を訪れた。

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▲現在市内に2軒を構えるほか、製麺所も営む。

 

軍港の街に続くうどん屋さん

「当時、この辺りはほぼ焼け野原だったと聞いています」と、現在の店主・柴村清さんが静かな口調でおっしゃった。「山乃家」はもともと奥さまのご実家。脱サラ後、店に入られた。

 
「古い資料があまり残っていないのですが、何回か移転して今の場所に落ちついたそうです。あ、そうだ」

 
ほらこれ、と持ってこられたのは、太平洋戦争中、昭和16年ごろの呉市の地図。その一画、今よりずっと西にあるかつての西二河通りに小さく同店の名が刻まれている。周辺には食堂や煙草屋さん、下駄屋さん。いわゆる商店街のような通りだったのだろう。が、先の理由により、今も残っている店はほぼない。

 
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▲中央の大通り沿い中程に「山乃家(うどん)」とある。

 
度重なる移転、戦災と後の再開発の波に揉まれながら先代たちが守り続けたのが、うどんだった。

 
3~4mmほどの細さから「細うどん」と呼ばれ親しまれているが、明治時代ごろまでは一般的な太さだったという。転機となったのは、戦前、国内最大規模の海軍工廠の存在だった。そこで働く大勢の労働者たちに手早く提供するため、ゆで時間がかからないようにと徐々に細く、また柔らかくもなり、それがいつしかこの地の主流となったといわれている。

 
「昔は『細』はついてなかったんですよ。呉で育った人にとっては、子どもの頃からうどんといえばこれでしたから」

 
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▲10年ほど前、ある新聞取材にて「呉のうどん文化は独特」と言われて初めてその独自性を知ったそう。

 
有志で発足させた「呉細うどん研究会」には、現在10の専門店を含む42の飲食店が属し、県内外の食イベントへの参加や市内マップの制作など細うどんのPR活動に勤しんでいる。

 

瀬戸内の名物を載せた一杯

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▲開店準備に忙しい地元の女性たち。柴村さんに指示する場面も。

 
細さに加え、箸にしなだれるような柔らかさも特徴だ。それゆえ、出汁とうどんにまるで境界線というものがない。鳴門や久留米のそれに近い、椀物的な印象だ。「山乃家」では、香川県のメーカーから取り寄せた昔ながらの粉を使用し、ほかのうどん店や日本料理店にも卸している。

 
出汁には昆布、さば節、うるめ節、呉の西にある江田島の醤油などを使用。それらの旨味の重なりをほのかな甘みがそっと押し上げ、飲んだ瞬間、品のいい香りにため息が漏れる。聞けば、普通は削り節などの素材を寸胴鍋で炊いて引くところを、二重構造の特注鍋で湯煎しながら引く、なかなか個性的な引き方をされているという。

 
「こうすると口あたりがまろやかになるんです。一日寝かせると、もっと落ち着いてねぇ」

 
メニューには、地元のレモンや鯨のフライなどを使った瀬戸内らしいものも。なかでも、「がんすうどん」は地元客からの支持が厚い。

 
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▲がんすうどん600円(税込)。

 
「がんす」とは、この辺りで「~でございます」を指す言葉で、たまねぎに白身魚のすり身、七味唐辛子をあわせてかまぼこ状にし、パン粉をつけてフライにしたもの。少なくとも100年以上前から愛される地元グルメで、同店では長年信頼を寄せる呉のメーカーのものを使うという。魚肉のフライ自体は瀬戸内を主に全国的にもそう珍しいものではない。だが、頬張り、はっとした。軽い弾力の後、爽やかな甘み。キメの細かい衣がてろりと淡雪のように崩れ、味わいが変化していった。

 
働く男たちの心をほんのひとときでも満たすために生まれ、いつしか家庭の味となった細うどん。今に残るその華奢な姿は正真正銘、呉の息の緒としての太い風格が秘められている。存続の危機から守り抜いた方々に心より敬意を表したい。

 

山乃家 本店
電話:0823-22-8176
住所:広島県呉市中通3丁目7-10
営業時間:11:00~17:00
休日:火

 
井上こん
ライター・校正者。各地のうどん食べ歩きをライフワークとし、雑誌やWebサイト、テレビなどさまざまな媒体でうどんや小麦の世界を紹介。「うどんは小麦でデザインできる」ことを伝えるため、週がわり小麦のうどんスナック「松ト麦」店主の顔も持つ。著書『うどん手帖』(スタンダーズ)。

 
 

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