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世界中のグルメ通を唸らせる「モダン・オーストラリア料理」とは?【南半球の風に載せて〜豪州紀行〜】

文/馬場一哉

オーストラリアと聞いて「グルメ」をイメージする人は、日本ではまだまだ少ないかもしれない。実際、「オーストラリアの代表的な料理は何か」と問われると、現地在住者でも「オージービーフ」「フィッシュ&チップス」など、ステレオタイプな答えを口にしてしまいがちだが、「代表的な」という枕詞を外してみると見える景色が変わって来る。

 
シドニーやメルボルンなどの大都市には世界的に名を知られた高級レストランが数多くある。そして、それらのレストランで提供される料理の多くは、モダン・オーストラリア料理と呼称されることが多い。

 
では、モダン・オーストラリアとはどのような料理なのか。実はモダン・オーストラリア料理には決まった型が何ひとつない。時にフレンチのようであり、イタリアンのようであり、そして時には日本食のようであり。つまり、これまでの食の概念で言い表すことは不可能なものなのである。

 

オーストラリアは食材の宝庫

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▲フィッシュマーケットで陳列された定番「シドニー・ロック・オイスター」。

 
オーストラリアは、多文化共生国家だ。国民の3割が移民であることから、街中にはさまざまな人種、カルチャーが溢れかえっている。世界中の移民がこの地に自国の食文化を定着させた結果、オーストラリアでは世界中のさまざまな国のオーセンティックな料理を楽しめるようになった。

 
イタリア系の移民はコーヒー文化をこの地に根付かせ、今ではオーストラリアのコーヒー・カルチャーは世界的にも知られる高いレベルまで昇華した。アメリカの大手コーヒーチェーンが進出を果たしたもののローカルのコーヒー文化に敗北し、撤退したことはよく知られている(今では看板だけ残し現地企業が経営を行っている)。

 
また、ギリシャ系の移民は、シーフード・カルチャーをこの国に持ち込んだ。シドニーのフィッシュ・マーケットには多種多様な魚が集まることで知られるが、実際その魚種の多さは世界で2位。あまりイメージがわかないかもしれないが、オーストラリアはシーフード大国でもあるのだ。

 
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▲刺し身の切り身も今では多くの種類が並ぶようになっている。

 
現在、カウンター限定の「おまかせすしコース」がブームとなっているシドニーのレストランでは、銀座の有名寿司店「はっこく」にならい、すべて異なる魚種を使った「握り30貫おまかせコース」を提供しているところや人気店の中には半年先まで予約で埋まっているところもある。それらの店のクオリティは日本の有名すし店にも劣らぬが、価格は日本の高級店よりはるかに安い。そのため、当地の日本人の中にも足しげく通う人が後を絶たない。

 
そしてまた、オーストラリアという国は食材の宝庫でもある。広大な国土には多雨林もあれば砂漠もある。必然食材の種類もまた多様性に富み、マーケットで見たことのない野菜を発見するケースも多い。

 

モダン・オーストラリア料理を広めた和久田哲也

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▲オーストラリアのグルメ・イベントでパフォーマンスを行う和久田哲也氏。

 
モダン・オーストラリア料理に話を戻そう。近年、オーストラリアのトップ・シェフたちはこのような豊富な食材、そして多様な食文化を自身のアイディアでミックスするチャレンジを始めた。最近では、味噌や柚子などもシェフの間では人気の調味料となっている。貪欲に新たな料理を目指す彼らは、オーストラリアの先住民族・アボリジニの伝統のスパイスなども巧みに料理に取り入れる。

 
また、モダン・オーストラリア料理の特徴は、料理のプレゼンテーションにもある。独創的で新しい料理の発明を目指すがゆえ、そのプレゼンテーションにも並々ならぬこだわりを持ち、時にはアート作品のような美しいひと皿に出合えることも。

 
若い国であるがゆえにフレキシブルで、何でも寛容に受け入れる。「世界の縮図」と表現されることもある国だからこそ、さまざまな要素が絡み合った新しく革新的なものが生まれるのだろう。例えば、シラーズのスパークリング・ワインなど、伝統的な製法を守らねばならぬ国ではご法度だろうが、おいしいのだから伝統にこだわる人にとっては困りものかもしれない。しかし、当地ではその地位をしっかりと盤石なものとしている。

 
モダン・オーストラリア料理の名を広めるきっかけとなったのが日本人であることも、実は多くの人が知らない。その人物は和久田哲也氏。食通であればその名はどこかで必ず聞いたことがあるだろう。現在はシンガポール、マリーナ・ベイ・サンズの名店「WAKU GHIN」を経営するが、その名を世界に知らしめたのは同氏が開店し、現在もシドニー中心地で人気を誇る高級レストラン「Tetsuya’s(テツヤズ)」だ。

 
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▲テツヤズのシグニチャー・ディッシュ「オーシャン・トラウトのコンフィ」。

 
当時、フレンチ・ジャパニーズと評された同氏のメニューは驚きをもって、オーストラリアから世界中の食通に受け入れられ、世界のレストラン・ランキングで4位にも選ばれた。トム・クルーズを始めとしたハリウッドのトップスターやブッシュ元米大統領なども予約を取れなかったという逸話でも知られ、モダン・オーストラリアの走りと言われているのだ。

 
和久田氏自身は2018年にTetsuya’sの経営から身を引いたが、その魂は今でも店に引き継がれている。ジャパニーズ・インスパイアのモダン・オーストラリア。食通であれば試さない手はない。

 
オーストラリアを訪れる際に、多くのツーリストは、オージー・ビーフのステーキやビーフパイを食し、シドニーであればフィッシュ・マーケットでオイスターを食べてオーストラリアのグルメを満喫した気になるだろうし、それも間違いではない。しかし、もし、もう一段上の贅沢なグルメ体験をしたいのであれば、モダン・オーストラリアのお店を訪れてみてはいかがだろう。

 

Tetsuya’s Restaurant
電話:+61 2 9267 2900
住所:529 Kent Street. Sydney NSW 2000, Australia
URL:tetsuyas.com/

 
馬場一哉
スポーツ雑誌や金融・不動産・医療系ムック、報道系ウェブサイトなど複数のメディアでの編集者・記者経験を経て、2011年に渡豪。オーストラリア最大の日系メディア「日豪プレス」(nichigopress.jp)で、当地の日系コミュニティに向けた情報発信を行うと共に、英字雑誌『jStyle』『jSnow』で日本の魅力をオーストラリア人に訴求。日本のインバウンド発展に向けて尽力している。同社ジェネラル・マネジャー兼編集長。

 
 

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