ヨルダンのペトラ遺跡は、夫が子どもの頃から憧れてやまない場所でした。というのも、世界中の人々を魅了した映画「インディ・ジョーンズ」シリーズの『最後の聖戦』はこのペトラが舞台となっており、シリアに越してきてからというもの、やはり同じく「インディ・ジョーンズ」好きの息子と一緒にこの場所を訪れる計画を練り始めていました。
ダマスカスから車で3日かけて紅海に向けて南下、私ももちろん「インディ・ジョーンズ」は大好きですが、それ以上に、かつてナバテア王国というキャラバンの貿易中継地として栄え、古代ローマなど周辺国の侵攻を、その自然の要塞を為す特異な地形で守ってきた古代遺跡を目の当たりにできるという想いで胸が高鳴っていました。
水の浸食によってできた狭く高い渓谷を馬車に乗って抜けて行くと、遠方の細長い裂け目の間に見えてくるのは「インディ・ジョーンズ」で聖杯の安置場所とされていた、建造物「エル・カズネ」です。ピンク色の美しい岩壁に、ギリシャの影響を受けた壮麗なその建造物を見上げながら、こんなものを掘ってしまう古代人の技力とセンスへの驚きで、出てくる言葉もありません。
その後私たちはその場に集まっていたロバ使いの執拗な勧誘に負けて、800段の岩の階段を上らなければ到達できない、ペトラ最大の建造物「エド・ディル(修道院)」へとロバに乗って向かったのですが、世にも恐ろしき断崖絶壁の細い道を、ロバの足に任せて進むあの恐ろしさは、未だに思い出しただけでも足がすくみます。しかし、前方を行く夫と息子は、崖になど目もくれず大はしゃぎ。「どんな遊園地だってこんなにわくわくしないよ!」と満面の笑みの夫の顔は幼い子どものようでした。
訪れる人のなかに潜む冒険心を焚きつける唯一無二の遺跡テーマパーク、ペトラ。機会があればまた訪れてみたい場所の一つです。
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。 2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス 』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』など。
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