旅への扉

ドイツ ベートーヴェン 心の旋律に触れる旅 [Vol.1]

文/髙崎順子 撮影/村松史郎

楽聖と称される彼の作品群は世界中で奏でられているが、出身地ドイツではその旋律が時代を超えて人々を鼓舞し、社会と心を動かしている。その調べを聴きに、ドイツ東部へ。

 

▲トップ画像左/Max Klinger, Beethoven, MdbK

 

Berlin ベルリン

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▲目抜き通りのベルリン国立歌劇場。

 
ドイツ人は「周年」を大切に祝う文化がある。個人の誕生日や結婚などの記念日はもちろん、偉人の没後や生誕となれば、年間を通して祝祭のイベントが開催される。そんな彼らにとって、2020年は特別な年だ。ドイツ生まれの偉大なる音楽家、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが、生誕250周年を迎えるのだ。

 
数世紀にわたり多くの名音楽家を輩出してきたドイツは、自他共に認める音楽大国。各地に存在する綺羅星の名門楽団がプログラムをベートーヴェンで染め上げ、この1年はあの力強く荘厳な楽曲が、ドイツ中に響き渡ることになる。

 
inoperahouse

▲左/網目構造で音響効果を向上した歌劇場内部。右/歌劇場ドラマトゥルクのギーゼさん。

 
「ベートーヴェンはドイツ人にとって、『我らが文化』ですからね。作曲家自身はこの国だけにとどまらず、万国のものでありたいと願ったでしょうけれども!」

 
そう語るのはベルリン国立歌劇場でドラマトゥルク(文芸責任者)を務めるデトレフ・ギーゼさん。記念イベントではベートーヴェンの遺した九つの交響曲の、全曲演奏が予定されている。

 
「当劇場はベートーヴェンの在命中から、彼の交響曲を演奏し続けてきました。名指揮者リヒャルト・シュトラウスが楽長を務めた時代には、シーズンを必ずベートーヴェンの『第九』で締めた、というエピソードもあります」

 
Hotel de Rome

▲左/歌劇場と同じ広場に面する「ホテル・デ・ローム」の一室。右/「ホテル・デ・ローム」の見事な床モザイク。

 
現音楽監督のダニエル・バレンボイム氏は、演奏家としても指揮者としても、ベートーヴェンの名手と知られている。温かく心地よい音で、かつ威厳を保ったまま、壮大な交響曲を奏でると定評がある。しかしどんな名演奏でもベートーヴェンの“ベスト”ではないのが、この作曲家の面白いところ。山ほどの解釈が存在し、どこまでも表現を深めていけるのが稀有な点だと、ギーゼさんは言う。

 
「楽譜を見る度に発見があります。技術的な要求はもちろんですが、より難しいのは、音符に込められた精神性の理解。どこまで深くそれを読み、到達できるかと問いかけてくる。演奏家にかような挑戦を仕掛けた作曲家は、ベートーヴェンが初めてでした」

 
フランス革命に影響を受けた作曲家は、自由・平等・友愛という人類の理想を楽曲の端々に忍ばせた。それを理解した演奏家だけが、人類愛に満ちた旋律を奏で、心に響かせることができるのだ。

 

Leipzig ライプツィヒ

market

▲左/マーケットが立つライプツィヒ旧市街。右/のちに第九の歌詞になる「歓喜の歌」を詩人シラーが記した、ライプツィヒ郊外のシラーハウス。

 
心から心へと伝わる、人類愛の旋律。その魔法にドイツ国民全体が共鳴した出来事がある。1990年10月2日の東ベルリン、東西ドイツ統一前夜。新生国家の誕生を寿ぐ記念式典で、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が交響曲第九番「歓喜の歌」を奏でた。人の世の希望を高らかに歌う合唱曲を率いたのは、当時の同オーケストラ指揮者クルト・マズア。同じ瞬間・同じ音に心を震わせ、国民が一体感に包まれた宵は、30年後の今も語り草になっている。

 
Thomas Church

▲音楽の父・バッハが音楽総監を務めたトーマス教会。

 
その「第九」が伝説となった理由は、二つある。一つはこの楽曲が人類の自由と平和を主題とし、東ドイツ民主化運動の精神と重なっていたこと。もう一つは、その民主化運動の先鞭をつけたのがライプツィヒ市民であり、7万人にも及んだ非暴力デモを平和裡に導いたのが、指揮者マズアだったことだ。「人々の衝突を避けるのは、音楽で調和を作り出すことと共通している」。そう語ったというマズアは、ライプツィヒで音楽を学び、キャリアの長い期間を過ごした。この街と「第九」の組み合わせは、あの宵の演奏前から既に、特別な意味を持っていたのだ。

 
Leipzig Gewandhaus Orchestra

▲ゲヴァントハウス管弦楽団。

 
そしてその組み合わせもまた、偶然の産物ではない。ライプツィヒはドイツ有数の音楽都市として知られるが、その特徴として、市民の音楽愛の強さがある。街の誇りであるゲヴァントハウス管弦楽団は市民階級が創設したドイツ語圏最古のオーケストラで(ドイツの楽団は宮廷に由来するものが多い)、現代も客席の多くは地元っ子が占める。コンサートの日は開演2時間前から劇場を訪れ、同行者と飲み語らいつつ、音の喜びを待ちわびる。音楽が、市民の心の糧として根づいているのだ。

 
Gewandhaus

▲左/現在の劇場はゲヴァントハウス3代目の建物で、1981年の建造。右/バイオリン修復職人シャーデさん。

 
「しかもライプツィヒ人は聴くだけではなく、自分でも弾きます。だからアマチュアオーケストラがいくつもあるんですよ」

 
そう語るのは、人々の音楽生活を支えるバイオリン修復職人のヤンス・ペーター・シャーデさん。プロ奏者にも多く顧客を持つベテランだ。ベートーヴェンをどう思う? と水を向けると、笑みをこぼして好きですよ、と答えた。

 
「第九と、彼の信念がね」

 
そんなライプツィヒでのベートーヴェン記念イヤーは1月1日、かの交響曲第九番から、始まる。

 
Vol.2へつづく

 

 
髙崎順子
たかさき じゅんこ/ライター。パリを拠点にフランス文化に関する取材・執筆に携わる。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)。

 
村松史郎
むらまつ しろう/写真家。静岡県生まれ。京都、東京で写真を学び1989年より在仏。パリを拠点に、ヨーロッパ各地で活動中。

 

Information about GERMANY

map

 
ドイツ東部に位置するベルリン、ライプツィヒ、ドレスデンは若きベートーヴェンが1796年、生涯一度の大旅行をした際に辿ったルート。当時の移動手段は馬車で、旅程も数カ月に及んだが、現在は鉄道での移動が容易で、短期間の滞在でも観光ルートを組みやすい三都市だ。ゆかりの音楽家も多く、バッハ、メンデルスゾーン、シューマン、ワーグナー、ショパンらの面影を追うこともできる。どの都市でも年間を通してオペラやコンサートがあり、季節を選ばず滞在を楽しめる。

 
 
ベルリン国立歌劇場 Staatsoper Berlin
berlinstateopera
電話:49-30-20354240
住所:Unter den Linden 7, 10117 Berlin
URL:www.staatsoper-berlin.de

 
 
ゲヴァントハウス管弦楽団 Gewandhaus
Leipzig Gewandhaus Orchestra
ガラス張りのファサードを透して見える内装の壁画が美しい。
電話:49-34-11270280
住所:Augustusplatz 8, 04109 Leipzig
URL:www.gewandhausorchester.de

 
 
ホテル・デ・ローム Hotel de Rome
hotelderome
ベルリン国立歌劇場のあるべーベル広場に面した高級ホテル。元銀行の建材を生かした内装は広々と落ち着きのある雰囲気だ。
電話:49-30-4606090
住所:Behrenstrasse 37, 10117 Berlin
URL:www.roccofortehotels.com/hotels-and-resorts/hotel-de-rome/

 
 
アディナ・アパートメント・ホテル・ライプツィヒ Adina Apartment Hotel Leipzig
Adina Apartment Hotel Leipzig
ライプツィヒ駅は徒歩圏内、市内中心地へも徒歩7分ほどと好立地のアパートメントホテル。キッチン付きで生活感のある滞在を楽しめる。
電話:49-341-989860
住所:Brühl 50, 04109 Leipzig
URL:www.adinahotels.com/de/apartments/leipzig/

 
 
〇取材協力:ドイツ観光局www.germany.travel、ベルリン観光局www.visitberlin.de、ライプツィヒ観光局www.leipzig.travel、ドレスデン観光局www.dresden.de
〇コーディネーション:河内秀子

 

ドイツへのアクセス

東京(成田)からフランクフルト国際空港へJAL直行便が毎日運航。フランクフルトで乗り継ぎドレスデンへ。ドレスデン─ライプツィヒ─ベルリン間は鉄道でそれぞれ約1時間10分。

 

(SKYWARD2020年1月号掲載)
※記載の情報は2020年1月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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