宮古島は幼い頃の私にとって憧れの島でした。ある日母が買ってきた“海の図鑑”に出ていた、この島のエメラルド色の美しい海の写真があまりにも印象的で、私はその写真に泳ぐ自分の姿を描きこんでしまったほどでした。
それから長い時間が過ぎ、初めてこの島を訪れることができた時、私はとにかく嬉しくてたまりませんでした。借りた車で宮古島本島と橋で渡れる周辺の島々を何度も巡り、良さげな雰囲気の場所があれば持参のシュノーケルセットを装着して海に潜ってばかりの日々。太平洋やカリブ海など外国の珊瑚礁と比べると、宮古島の海にはワイルドさと繊細さを兼ねた独特な魅力があるように思います。
なかでも島の南部にある“イム(ン)ギャーマリンガーデン”は、天然の入江が作った、まさに海の箱庭。インギャーとは宮古島の方言で「海」と「湧き水」を意味するそうですが、実際、緑の植生に囲まれた湾の中には真水も湧いているのだそう。大きな波も無く穏やかで、家族で楽しめる浅瀬から、スキューバの練習にも使われる深い淵も備わったこの入江は、潜ると人懐こくて綺麗な魚たちが沢山集まってきます。びっくりするくらい大きな魚も現れることがありますが、水族館でガラス越しにしか見られないような海の様子が、岸からほんの少し海に入っただけで手軽に眺められるという素晴らしさ。
ある美しい満月の夜、月明かりだけのこの入江を訪れた私は、産卵の為に浜に上がってきた無数の蟹たちと遭遇しました。蟹は私を見つけると二つのハサミを振り上げて「邪魔しないで!」と言わんばかりに威嚇をしますが、小さな体で人間に立ち向かおうとする勇敢な蟹の姿には惚れ惚れしてしまいました。
仕事が忙しい時、あの宮古島の小さな美しい入江とそこで元気に暮らす生き物たちを思い出しては、今も心の底から癒やされています。
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。
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