コペンハーゲンの歴史あるテーマパーク「チボリ公園」では、クリスマスの時期になると、北欧の民間伝承である妖精“ニッセ”を象った人形の街が設けられることがありますが、20年ほど前にこのニッセの街を北海道でもつくるという企画に携わっていた私は、人形工房のあるデンマークの小さな村にしばらく滞在していたことがあります。
ニッセは地域によって“トムテ”とも呼ばれ、北欧諸国で民間伝承として古くから言い伝えられている、小さな子どもくらいの大きさをした農家や民家の守護神です。代表的なニッセの容姿といえば、赤いとんがり帽子に白いヒゲを生やしたお爺さんですが、その佇まいから近代以降サンタクロースのイメージと重ねられるようにもなりました。しかし、住み着いた家を護りながらも、時々悪戯もすれば気難しくもある彼らの性質は、どちらかといえば、日本の座敷童子に近いかもしれません。
私が滞在していたデンマークの家でも、夜になると主人が米をミルクで煮た粥を毎日屋根裏まで運んでいましたが、日々家を護ってもらっている感謝として、特にクリスマス時期のニッセへの粥のお供えは決して忘れてはならないそうです。
日常の平和がニッセのおかげであることを忘れ、調子にのって暮らしていると、納屋の干し草が盗まれたり、場合によっては火事になったりすることもあるといわれ、人前に現れることもなければ滅多に目撃もされないこの気難しい妖精を、北欧の子どもたちは敬いながら成長していくのです。
座敷童子のように、自分たちの生活が目に見えない何者かによって支えられている、という人間の横柄さを客観的に諭すような考え方のある地域へ行くとホッとするのは、おそらくそこに、人々の慎ましさや優しさを感じることができるからかもしれません。ニッセはそういった人間のよき性質を引き出してくれる大切な存在なのです。
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。
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