旅への扉

NEW YORK ハーレムの粋 [Vol.3]

文/堂本かおる 撮影/柳川詩乃

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黒人音楽の殿堂として知られるアポロ・シアターのすぐ側に、ブラウンストーンと呼ばれる東海岸特有の美しい建物がある。ゴスペル・プロダクション、「ママ・ファウンデーション・フォー・ジ・アーツ」のスタジオだ。ここで10代のゴスペル・シンガーのオーディションが行われていた。主宰者のヴァイ・ヒギンセンさんに促され、緊張した面持ちのティーンが一人ずつ壇上に上がっては得意な曲を歌う。なかにはとても高校生とは思えない歌唱力を持つシンガーも含まれていた。

 

ゴスペル・エンターテインメント

Ms.vai

▲ママ・ファウンデーションの主宰者ヴァイさん。

 
ママ・ファウンデーションは、日本を含む世界各国で大ヒットしたゴスペル・ミュージカル『ママ、アイ・ウォント・トゥ・シング』を製作したヴァイさんによるプロダクションだ。ヴァイさんと姉は教会の牧師の娘として生まれた。姉はR&Bシンガーを夢見たが、厳格な父は娘が“流行歌手”になることを許さず、そのため姉は家出。後にR&Bシンガー、ドリス・トロイとして成功を収めた。

 
ヴァイさんは姉のドラマチックな人生をゴスペル・ミュージカルに仕立て、自力でハーレムの小劇場での初演にこぎつけた。すると瞬く間に評判が広がり、ロングラン公演となったのだった。

 
Ms.Noel

▲『ママ─』の中心シンガー・ノエルさん。

 
ヴァイさんは今、若者のゴスペル教育に取り組んでいる。才能があっても貧困や家庭の事情によって歌う機会を得られない若者が大勢いる。彼らにチャンスを与えて人生の軌道を示そうと、彼女は娘でシンガーのノエルさんと共に奮闘している。この“ゴスペル・フォー・ティーンズ”の取り組みは高く評価され、CBSのドキュメンタリー報道番組『60 Minutes』にも取り上げられた。

 
free market

▲ホールフーズ・マーケットでの無料ライブ。

 
教会での純然たる信仰音楽としてのゴスペルとは異なり、ヴァイさんはゴスペルのエンターテインメント性を追求している。姉がR&Bシンガーであったことから『ママ─』で歌われる曲もゴスペルだけではない。そもそもヴァイさん自身、かつては人気のラジオDJだった。ゆえにママ・ファウンデーションのゴスペル・クワイアは劇場でのオリジナル・ミュージカル、夏の屋外イベント、レストランでのゴスペル・ブランチなど教会以外で歌い、かつR&Bヒットソング、スタンダード・ソングも取り混ぜている。こうした工夫のすべてが、ひるがえってゴスペル・シーン全体の活性化につながると彼女は考えている。

 

ソウルフードとハーレムの未来

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▲ビア・バー、ハーレム・ホップスの店内。

 
「ハーレム・ホップス」は2018年の夏にオープンした、ハーレム初の“100%アフリカン・アメリカン経営によるクラフトビア・バー”だ。共同経営者の3人はいずれも歴史ある黒人大学の卒業生であり、バーが黒人経営であること、かつ地元のマイノリティー経営による醸造所のクラフトビアを揃えることに、とことんこだわっている。

 
beer

▲左/経営者の一人、ケヴィンさんは数学の先生でもある。右/豊富な地ビールの品揃え。

 
オーナーの一人、ケヴィン・ブラッドフォードさんは自称ビア・キュレイター。今も中学で教職を続けながら、放課後に自慢のバイクでバーに駆け付ける。中流の若い黒人客に交じり、再開発によってハーレムに移り住んだ白人客もやってくる。ビールの豊富な品揃え、センスのいいインテリアも含め、バー全体がハーレム再開発によってもたらされた新しい風景と言える。

 
restaurant merba

▲左/左から二人目がメルバさん。右/メルバズ店内。

 
ソウルフードと呼ばれるアメリカ黒人の伝統的な家庭料理は南部発祥だ。レストラン「メルバズ」のオーナー、メルバ・ウィルソンさんも南部生まれの祖母から料理を学び、やはり南部からやってきてハーレムにレストランを開いた叔母のもとで修業を積んだ。叔母とは、今や世界にその名を知られるソウルフード・レストラン「シルヴィアズ」のオーナー、故シルヴィア・ウッズだ。

 
メルバさんは独立に際してハーレムの、当時はまだ荒廃していた地区をあえて選んだ。「ロールモデルとしての自分を周囲に見せたかった」と言う。高校生を雇い、親のように学校の成績表を見ることもした。高齢者も「生きがいと尊敬を得てしかるべき」と雇用する。

 
restaurant row

▲左/レストランが集中するレストラン・ロウ。メルバズは最初期に開店した。右/メルバズの名物、チキン&ワッフル。

 
メルバズがある8番街は、今では黒人中流層と新住人が集うレストラン街に生まれ変わり、フレンチからイタリアンまであらゆる料理が楽しめる。そんななか、メルバズがいつも賑わうのには理由がある。おなかと気持ちを十二分に満たしてくれる料理だけでなく、生まれ育った街ハーレムを愛してやまず、すべての人を朗らかに受け入れるメルバさん自身が人を惹き付けているのだ。

 
今、ハーレムは大きな変化の渦中にあり、これからも変わり続ける。しかし100年の間に育まれた文化と風土、街をこよなく愛する寛容な人々が消えることはないだろう。どれほど時代が移ろうとも、ハーレムはハーレムのままであり続けるに違いない。

 

 

Information about Harlem

Mama Foundation For the Arts

 
ハーレム・ホップス Harlem Hops
ニューヨーク周辺にあるマイノリティー経営の醸造所によるレアな地ビールを豊富に揃えたビア・バー。
電話:1-646-998-3444
住所:2268 Adam Clayton Powell Jr. Blvd.,New York
URL:www.harlemhops.com

 
 
メルバズ Melba’s
チキン&ワッフル、ナマズのフライ、マカロニ&チーズなど伝統的なソウルフードが味わえる家庭的な雰囲気のレストラン。
電話:1-212-864-7777
住所:300 West 114th St., New York
URL:www.melbasrestaurant.com

 
〇コーディネーション/堂本かおる

 

ニューヨークへのアクセス

東京(羽田・成田)からジョン・F・ケネディ国際空港へ、JAL直行便が毎日運航。

 

(SKYWARD2019年3月号掲載)
※記載の情報は2019年3月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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