黒人の街として約100年の歴史を持つハーレムは、長きにわたり、さまざまな苦難に見舞われてきた。しかし、どんな苦境にあっても湧き出る音楽、磨き抜かれた装いの美学、豊かな食の喜びを忘れない街でもあった。再開発の渦中にある今、ハーレムはさらなる洗練を重ねている。
目次
ゴスペル ― 神との絆
ハーレムの大きな公園の前に建つ「ベセル・ゴスペル・アセンブリー教会」。日曜の朝、礼拝に参加する地元の信者が三々五々やってくる。古い学校を改装した礼拝堂には入りきらないほどの人が集まるようになり、一昨年に増築されたばかりの、広く新しい礼拝堂を使う。内部はシンプルで居心地のよい空間にデザインされている。
信者は顔見知りを見つけてはお互いに笑顔で抱擁を繰り返し、やがて信者席に落ち着く。二階席には世界中からの観光客が座り、こちらもぎっしりと埋まっていく。定刻になると壇上に何人もの信者が登場し、突如としてゴスペルを歌い出す。
圧倒的な声量と、ほとばしる熱気が観光客を驚かせる。全員が何かに打たれたようになり、壇上を見つめ、ゴスペルに聴き入る。やがて強烈なリズムが聴き手の内部に浸透し、すると自然に身体が動き、ハンドクラッピングも起こる。軽やかなコスチュームをまとったプレイズ・ダンサーと呼ばれる踊り手も現れ、ゴスペルに合わせて華やかに舞う。
地元の信者もゴスペルに身を委ねきる。アップテンポな曲では高揚して歓声を上げる。厳かな曲に変わると、自分が今ここにあることを神に感謝し、神を称える歌詞に深く共鳴して片手を頭上に差し出し、または神を全身で受け止めるかの如く、両手を大きく広げる。
ゴスペル(Gospel)という言葉は、神からのよい知らせを意味する「福音」(good news)に由来する。福音を音楽によってわかりやすく伝えるのがゴスペル・ミュージックだ。ベセル教会では礼拝の途中で「初めて来た人は立ってください」と促し、ゴスペルによる歓迎の曲を歌う。その間、地元の信者が来訪者と握手を交わす。再びここを訪れる機会はないかもしれない外国や他州からの観光客であっても、「来てくれてありがとう。これも神様の御心です」というメッセージを送るのだ。
ベセル教会でゴスペル・シンガーやダンサーをまとめる音楽監督のボビー・ソボロウさんは言う。
「音楽は人種も、文化も、宗教も超えます。非クリスチャンや、クリスチャンであっても苦境にあって信仰心の薄らいだ人にも神のメッセージを届けられます。彼らがゴスペルを聴いた時、人生が変化するのです」
とはいえ、ゴスペルと神への祈りだけでは克服しきれない現実も、ハーレムには山積している。ベセル教会は今年で設立102年を迎えるが、現在の場所に移転したのは1982年。犯罪と麻薬がまん延し、ハーレムが最も荒廃していた時期だ。今では再開発が進み、街並みは整備され、治安も劇的に改善した。ベセル教会の信者もほとんどが中流層だ。
しかし、昔と変わらず苦境にある人もまだ多い。教会を代表するカールトン・ブラウン牧師のもと、ベセル教会は数々のチャリティー活動や地域行政との協働など、社会的弱者への支援活動を非常に熱心に続けている。「私たちは神について語るだけでなく、『あなたを支えます、あなたと共に歩みます』と伝え、教会を安全な聖域としているのです」とブラウン牧師は語る。
黒人社会において教会は信仰の場にとどまらず、相互扶助の機能を持ち、さまざまな人が集う。本来は信者が神との絆を深めるために歌われるゴスペルがさらなる深みを増すのも、聴き手の背景を一切問わない寛容な精神ゆえだ。ゴスペルはその場にいるすべての人々を大きく、温かく抱擁する音楽なのである。
Vol.2へつづく
Information about Harlem
ママ・ファウンデーション・フォー・ジ・アーツ Mama Foundation For the Arts
ゴスペル・ミュージカル・プロダクション。一般人も参加できる単発のゴスペル歌唱クラスもある。
電話:1-212-280-1045
住所:149 West 126th St., New York
URL:www.mamafoundation.org
ベセル・ゴスペル・アセンブリー教会 Bethel Gospel Assembly
迫力のゴスペルが堪能できる日曜礼拝は10:15~。ゴスペル・プロデューサー打木希瑶子氏による日本語の聖書勉強会もある。
電話:1-212-860-1510
住所:2-26 East 120th St., New York
URL:www.bethelga.org
〇コーディネーション/堂本かおる
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